羽村市動物公園でのテナガザルに対する実験 No6 2004年8月15日(日)〜17日(火)

羽村市動物公園へおじゃまするのはこれで5回目。
今回も立川駅前の立川グランドホテルに宿泊。
猛暑の東京では珍しく、この期間は涼しく、天候にも恵まれた(くもり、晴れ、くもりのち雨)。


<登場するテナガザル>
ちゃ 雄:18歳7ヶ月齢(1985年12月24日生まれ)
さくら 雌:6歳5ヶ月齢(1998年2月19日生まれ)
さつき 雌:5歳8ヶ月齢(1998年11月29日生まれ)
なお、ちゃとさつきが同じ檻に同居し、さくらは隣の檻で一人暮らしをしている。
近々、さくらはいしかわ動物園へお嫁入りする予定。

<テーマ>
以下の4つのテーマを設定した。
@これまでさつきは2つカップ選択課題ではいい結果を示してきたが、3つカップ選択課題ではどうだろうか。
A年少のさくら、さつきでの操作性のデータは蓄積されてきたが、18歳の大人であるちゃの操作性と違いがあるだろうか。
B前回、ちゃが道具使用の前駆的行動を行ったので、それを検証する。
Cちゃはさつきの実験場面で遠慮するが、それは何を手がかりにしているのか調べる。
C協力行動の実験。

<実験の手続きと結果>
8月15日(日)
午後3時半から、天気くもり、涼しい。
1.いきなり3つ課題は無理なので、まず2つカップの片側ランドマーク(黄色・丸)課題から始めた。
さつきで実施。練習を3回やってから、実施。
結果は7/8の正答率(○、○、○、○、○、×、○、○)。

2.次に、2つカップの両側ランドマーク(黄色・丸と赤色・丸)課題をやった。
さつきで実施。練習せずに実施(後から考えると、これはまずかった!)。
結果は3/8の正答率(×、×、○、○、○、×、×、×)。
全然ダメ。
この時、6回目から最後までお客さんが大勢見ていたのでさつきの集中力が欠けたかもしれない。

3.それで、再度同じ課題をやり直してみた。
さつきで実施。これも練習なしで実施。
結果は6/8で、まずまずできた(○、○、○、×、○、○、○、×)。

4.2つカップの両側ランドマーク(黄色・丸と赤色・丸)課題がまずまずできたので、次に3つカップのランドマーク(黄色・丸と赤色・丸と青色・丸)課題をやってみた。
さつきで実施。

 3つカップでのランドマーク(3色)課題

練習せずに実施(これも練習を抜かしてしまった。その時は何も意識がなかったが、ちょっと疲れて集中力に欠けていたかも。こういう時はうまくいかないものだ)。
最初の4回連続して×。その後2回○だった。
それで、ここまでを練習としてカウントし、再開したが、
×、○、×、×、×と5回やったところでさつきは意欲をなくし、6回目は検査にのってこなかったので終了。
1/5の正答率

きちんとした練習手続きを踏まず、非常にまずい検査の入り方をしてしまった。
この結果で3つカップでの選択課題ができないと早急に結論づけることはできないが、難しい課題であることは確かだ。

ただし、この日の検査結果がよくなかったことによって、検査の手続き(提示の仕方)が意図的ではないことを証明できたかもしれない。

5.協力行動の実験
林原類人猿研究センターの平田 聡さんが考案された実験をまねてやってみた。
二人で同時に紐を引っ張らないと食べ物が取れないという仕組み。
しかし、できなかった。

 このような仕掛け

こうやったら取れるよと見本を見せてやってもできなかった。

 手本を見せてもできず

8月16日(月)
天気晴れ、日陰は過ごしやすい。
1.ちゃとさつきの檻にたくさんのおもちゃを入れて、ちゃの反応を見る。
午前9時25分から開始。約45分間ビデオで記録した。
ちゃはおもちゃにあまり関心を示さない。手に持ってそっと舐めてみるという行動は何度か見られたが、何もさわらない時間が結構長かった。その中で最も興味を持ったのはタヌキのぬいぐるみ↓だった。

 ぬいぐるみ

これを口に持っていくことなく、時々アイコンタクトもして上手に抱っこした(何度も)。ちゃは男性で育児経験もないはずなのにまるでお母さんのようだった。これは見立て遊び(ごっこ遊び)といえるかもしれない。ものの概念がよくわかっている。

 アイコンタクトをして

 ぬいぐるみをだっこする
その動画(WMVファイル)
このおもちゃに対する操作については、後日詳しく記載し分析する予定。
ただ、一つ注目すべき点をあげておくと、ちゃはすぐにものを触りにいかず、まずはじっくりとものを見た。このような静観的態度は、ヒト乳児における対象指示行為(指さし行動)や言語獲得の基盤になるという指摘がある(岡本夏木、1982:こどもとことば、岩波書店)。
おもちゃと最初に対面した場面の動画(WMVファイル)

2.2つカップの片側ランドマーク(黄色・丸)課題。
さつきで実施。練習を2回やってから、実施。
結果は4/8の正答率(×、×、×、○、○、○、×、○)。

前回出来たことが出来ないのはやり方に問題があると考え、さつきが検査に向かうまで道具をセットした状態で声かけをせず待つことにした。あまり来ないときはカップを板に軽く打ち付けたりアイコンタクトをして合図を送るのみにした。
すると、結果は6/8の正答率だった(○、○、×、○、○、○、×、○)。

3.次に、2つカップの両側ランドマーク(黄色・丸と黄色・三角)課題をやった。
さつきで実施。練習3回で実施。
結果は6/8の正答率(○、○、○、○、○、×、○、×)。

4.3つカップのランドマーク(黄色・丸と赤色・丸と青色・丸)課題。
さつきで実施。昨日の反省から、練習を3回やったが、いずれも出来ず。
出来ない課題をやっても仕方ないので、中止。

5.ちゃの反応をみる実験(ちゃはどういう場合に遠慮するのか?)
さつきの実験場面でちゃは遠慮してじゃまをしなくなった(前回の3月から)。
それはどういう場合での行動なのか知るのを目的とした。

【1】提示台の上に青いカップを2つ乗せて差し出す。
【2】提示台の上に食べ物を1切れ(リンゴ)だけのせて、差し出す。
【3】提示台の上に食べ物を2切れのせて、差し出す。
最初に【1】をやって、ちゃが来ないことを確かめてから、【2】と【3】を交互に5回ずつやってみた。
青いカップが刺激条件となってちゃは来ないのかと考えていたが、青いカップがなくても1切れの時は遠慮して来なかった(5回とも全て)。しかし、2切れの時はすぐに来て手を出した(5回とも全て)。
なお、青いカップなしに食べ物を提示するのは今回が初めてだったので、この【2】と【3】の区別は学習してできたことではない。

 青いカップがなくても1切れなら、ちゃは遠慮して来ない
その動画(WMVファイル)

 2切れなら、ちゃは来る
その動画(WMVファイル)
すごいな、ちゃは。
1切れと2切れの区別ができ、しかも1切れだと遠慮(さつきに譲ってやり)し2切れなら(自分ももらっていいかなと考えて)来る。
素晴らしい他者理解ですね。なお、ちゃは大人の男性で、さつきはまだ子供。力関係はハッキリしている。

”大人のテナガザルは子供テナガザルに対して寛容で優しい”という場面は野生でも観察された。ダナンバレー・SAPAファミリーのお父さん・シギューは、何度も息子・シクサイの遊び相手になってやった。

6.道具使用の実験
ちゃで実施。前回、ちゃとさくらが果物模型を水の入ったバケツに入れてから、それを取り出し表面の水を舐めた。
また、園長さんからの電話で、ポッキー状の食べ物を与えると、それをバケツの水につけてから食べるという話を聞いていたので、甘くないプリッツを用意して与えてみた。

 プリッツ(サラダ味)

すると、ちゃに16本与えたうち、6,8,10,11,13,16本目の計6回、プリッツをバケツの水につけ、すぐ取り出して表面の水を舐めてから食べるという行動が観察された。このプリッツには少し塩が入っているのでのどが渇いたのだろう(じつはそれがねらいだったのだが)。
これは、テナガザルらしい道具使用行動と考えられる。
16本目を与えた場面の写真&動画を下に示す。

 プリッツを水入りバケツに右手で入れ

 それを左手で取り出し

 表面の水を舐める
その動画(WMVファイル)
めったに見られない場面なので、そのスロー動画(WMVファイル)もどうぞ

この場面で、ちゃはプリッツをバケツの中へいったん”見ながら落とし”、それから拾い上げた。
このように、ものをしっかりと持ったまま水につけ取り上げるという一連の(定位)操作は難しいのかもしれない。しかし、ものを利用して水を舐めようという意図はしっかり持っていて、それを能力の範囲で実行する、それがテナガザルの素晴らしいところだと思われる。

8月17日(火)
天気くもりのち雨
さつきで実施。夕方3時半から実施。
1.3つカップでの短期記憶の課題
さつきで実施。
隠すところを見せてから、5秒間ついたてでカップを隠してから提示する。練習なしにいきなり実施。
前回(2004年3月末)2セッション(1セッション9試行、右・左・中を各3回ずつアットランダムに提示)実施して、15/18 (8/9, 7/9)だったので、もう一回データを取るのを目的とした。
その結果、
5/9という結果に終わった(○、○、×、○、×、×、○、×、○)。
それで、もう一度やってみたら、
同じく5/9だった。(×、×、○、×、○、×、○、○、○)

どうも集中力に欠け、5秒間待つことができないようなので、3秒間待つ課題に変えてやってみた。
すると、7/9と正答率が上昇した(○、○、○、×、○、○、○、×、○)。

雨が降り出したのでここで終了。

<まとめ>
1.ちゃは実験場面や食べ物が一つの場合はさつきに譲ることが明らかになった。
二つなら遠慮しなくていいと考え食べに来る。こんなことができるなんて、素晴らしいサルですね、テナガザルは。
2.ちゃは道具使用行動をすることが確認された。
水を飲むのにプリッツを使用した。それも一回だけではなく何回も。
3.さつきは3つカップでの課題が難しそう。
2つのうちの1つを選ぶのと、3つから選ぶのでは課題のレベルが違うことは分かっていたが、今回3つ課題はなかなかできなかった。それが、提示の仕方に問題があったのか、本当にできないのかもう少しデータを増やして検証する必要がある。
4.いっぱいのおもちゃを提示したときの反応が、さつきとちゃで違う。
ちゃはおもちゃをやさしく扱い、すぐかじったりしない。そっとなめるだけ。また、ぬいぐるみを何度も抱いた(その時アイコンタクトが観察された)。大人のテナガザルはものの性質をよく分かっている。また、ものをじっくりと見てからものとかかわる(静観的態度)。

SAGA7 2004年11月12日(金)〜13日(土)

SAGA(アジア・アフリカに生きる大型類人猿を支援する集い)には、2000年のSAGA3から毎年参加している。
今年は京大で開催された。近くなので、ありがたい。

 SAGA7シンポジウムの様子

今回は二つのポスター発表を行った。
@井上悦子・井上陽一・竹下秀子:シロテテナガザルの対象操作の発達と道具使用
A井上陽一・井上悦子:テナガザル年長者の年少者に対する配慮行動

発表要旨がSAGA7のHPにアップされていないので、とりあえず↓にアップしておこう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
SAGA7ポスター発表要旨

シロテテナガザルの対象操作の発達と道具使用
Development of object manipulation and tool use in white-handed gibbons (Hylobates lar)
井上悦子,井上陽一,竹下秀子
1京都府立中丹養護学校,2京都府立西舞鶴高等学校,3滋賀県立大学人間文化学部

<目的>
 テナガザルは、大型類人猿とともに多様な対象操作を示す霊長類である。しかし、その発達についての報告は非常に少ない。そこで本研究では、飼育下のシロテテナガザル2個体の対象操作を縦断的に観察し、その発達と道具使用に結びつくような行動の出現の有無を明らかにすることを目的とした。
<方法>
 シロテテナガザル姉妹の「さくら」と「さつき」(京都府福知山市動物園で飼育され、後に東京都羽村市動物公園へ移籍)を対象とした。「さくら」については2歳8ヶ月齢と6歳1ヶ月齢、「さつき」については3歳3ヶ月齢と5歳3ヶ月齢に、ホームケージに様々な遊離物(積み木、はめ輪、入れ子カップ、果物模型、ひも、ぬいぐるみ、マラカスなどのおもちゃ)を投入し、それらを操作する様子を20分間ビデオ撮影によって記録した。
<結果> 
2個体に共通して見られた対象操作の発達
 ・ 2〜3歳ではほとんど1個の遊離物しか操作していなかったが、5〜6歳になると2個以上の遊離物を操作することが増えた。それに伴って片手使用が減り両手使用の回数が増えた。また、遊離物を操作する際に用いられる身体部位(動作数)も増えた。
 ・ 5〜6歳の操作の種類においては、同時に2つの動作を行ったり(同期)、物を持ちながらブラキエーションしたりする(運 搬)などの複雑な操作が増加した。しかし、打ち合わせるなどの複数の遊離物を関係づける操作は見られなかった。
 ・ 2〜3歳から“見ながら落とす”という定位操作の前駆的な操作や、“置く”という定位操作が見られ、5〜6歳で“置く”操作が増加した。しかし、大型類人猿の幼児がするような、積み木を“積む”、大カップに小カップを“入れる”などの操作は見られなかった。
定位操作と道具使用
 「さくら」は6歳1ヶ月齢で、水飲みのための道具使用(おもちゃを水の入っているバケツまで持って行き、それをいったん“見ながら落として”から拾い上げ、表面の水を舐める)を行なった。
<考察>
 2〜3歳から5〜6歳にかけて、シロテテナガザルの遊離物への対象操作は、多様かつ複雑なものへと発達した。また物を“見ながら落とす”という定位操作が、2〜3歳で2個体に共通して出現し、この行動をもちいた道具使用が1個体に6歳で出現した。このことから、テナガザルの発達過程においても定位操作が自発し、それが環境との出会い方によっては、道具使用に発展することが明らかになった。

テナガザル年長者の年少者に対する配慮行動
Altruistic behavior of an adult gibbon
井上陽一,井上悦子
1京都府立西舞鶴高等学校,2京都府立中丹養護学校

 東京・羽村市動物公園でシロテテナガザル年長者の年少者に対する配慮行動が観察された。観察したのは2004年8月で、“ちゃ”と“さつき”のテナガザル2個体がケージの中で同居していた。ちゃは18歳7ヵ月齢の雄で、さつきは5歳8ヵ月齢の雌であった。さつきが2002年秋に福知山市動物園から羽村市動物公園へ移ってきて同居が始まった。福知山市動物園で、さつきは1歳6ヵ月齢から私たちの実験・観察対象として様々な実験をこなしてきた。主な課題は二つカップのうちの一つ(餌入り)を選択する課題だったが、羽村市動物公園に移ってからも春と夏の年2回、ケージの前でフェンス越しに実験を行ってきた。今回が4回目の訪問だったが、前回(2004年春)から実験場面にちゃが出てこなくなった。ちゃは大人の男性で、さつきはまだ子供。力関係ではちゃの優位がハッキリしている。実験に参加し正解すれば餌がもらえるのにちゃが出てこないのは、子供のさつきに対して遠慮し、行動を自制しているのではないかと考えられた。
 そこで、以下の【1】と【2】の実験を交互に5回ずつ試行してみた。
 【1】提示台の上に食べ物を一切れ(リンゴ片)だけのせて、差し出す。
 【2】提示台の上に食べ物を二切れのせて、差し出す。
 その結果、ちゃは一切れの時は遠慮して来なかった(5回とも全て)が、二切れの時はすぐに出て来て手を出した(5回とも全て)。なお、青いカップなしに食べ物を直接提示するという手続きは今回が初めてだったので、この【1】と【2】の区別は学習の結果生じた行動ではない。
 ちゃは一切れと二切れの区別ができ、しかも一切れだと遠慮(さつきに譲ってやり)し、二切れなら(自分ももらっていいかなと考えて)来る。このことから、テナガザルの大人は子供に対して配慮行動をすることが明らかになった。
 このような年長者の年少者に対する配慮行動は野生のテナガザルでも観察された。2004年8月、ボルネオ島北東部のマレーシア・サバ州・ダナンバレー保護区に住む野生ミューラーテナガザルの家族で、父が息子(推定4歳)と取っ組み合いや追いかけっこをする場面が見られた。この遊び場面で、父は明らかに手加減をして子供の行動に自らの行動を合わせ調整しながら長時間遊んでやった。
 このような配慮行動は他者の立場を考慮して行動することができるというテナガザルの高い社会性を示している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 矢印が我々のポスター

ポスター会場は大勢の人でにぎわった。

 こんな感じ

ポスターの隣はこんな風でした。



夜は隣の時計台ホールでグドールさんの講演会があった。

 グドールさんの講演会

夜の懇親会は、このとおり。

 懇親会の様子

台湾から来たHou-Chun Chenと記念写真。彼はテナガザルの研究をしている。

 Chen(右)と私

翌日は21COE京大心理連合・ワークショップの催しが隣の部屋で同時進行だったので、そちらに主に参加した。
その夜の懇親会の様子。

 二晩連続で立食パーティ

たくさんの研究発表を聞き、多くの刺激を受け、またやる気が湧いてきた。

羽村市動物公園でのテナガザルに対する実験 No7 2005年3月20日(日)〜22日(火)

羽村市動物公園へおじゃまするのはこれで6回目。今回も立川駅前の立川グランドホテルに宿泊。
天気は、20日はくもり・寒い。21日は晴れ・暖かい。22日はくもり・寒い。幸い雨は降らなかった。
しかし、一つ問題が発生。東京西部は猛烈なスギ花粉が飛んでいて、20日に立川に着くと同時に花粉症を発症。鼻づまりに目から涙の症状が出た。それもかなりな重症で大変だった。


<登場するテナガザル>
ちゃ 雄:19歳2ヶ月齢(1985年12月24日生まれ)
さつき 雌:6歳3ヶ月齢(1998年11月29日生まれ)
なお、ちゃとさつきは隣の檻で別々に暮らしている。昨秋、さくらはいしかわ動物園へお嫁入りしたため不在。

<テーマ>
以下の2つのテーマを設定した。
@ちゃに対して実験を行う。いままで実験の経験がないちゃがどう反応するかをみる。
Aものを介したちゃとさつきの関係を観察する。

<実験結果と観察>
3月20日(日)
(1)ちゃに対する指さし指示課題
午後3時50分から、まずちゃに対して、二つカップでの指さし指示課題を試してみた。赤いカップを使用。
将来的に、ちゃには赤カップ、さつきには青カップで動機づけようと考えたため。
練習を2回(入れるところを見せてから取らせる)やった後、すぐ実施。
結果は、○、○、○、×、○、○、×、○で、6/8の正答率。
間違えたのは2回とも検査者から見て右側が正解の試行だった。ちゃからみて右側を取る傾向(集中できなかった時は)がある。
いきなり実験できるとは予想していなかった。これまでさつきがやるのをそばで見て学習していたからかもしれない。この時、ちゃはカップとレーズンを同時につかみ、カップを持ったままレーズンを食べた。二つのものを同時に保持するのがあたりまえという感じだ。さつきの場合は、二つ同時に保持することはまれなので、テナガでも、年齢とともに操作性が発達することが分かる。

 カップを持ちながらレーズンをつまむ

それから、興味深かったのは、この実験の最初にちゃはたえずさつきの方を気にしていたこと。実験場面の最初の8試行計398秒間に17回振り返ってさつきを見た。これを2分20秒当たりに換算すると、約6回ということになる。
実験はいつもさつきがやっているので、「ぼくがやってもいいかなあ?これはさつきがやることなのに?」とさつきのことを気にして迷っているような雰囲気だった。

 さつきを振り返って見つめるちゃ

上の写真がその場面である。右手前で検査者がカップを提示している。ちゃはすぐにはそちらへ行かないで、まずはさつきとカップを何度も見比べてから実験に参加した。これは、ちゃ-カップ-さつきの三項関係を示すシーンで、ちゃがさつきの意図をチェックしていると考えられる。
その場面の動画(WMVファイル)

※実験を経験していないテナガザルに二つカップの選択課題をさせようとした場合、かつて羽村市動物公園のケージにいたさくらはカップはとるがカップを自分の方に取り込もうとするだけでカップの中の食べ物を取るということを理解できなかった。また、京都市動物園のテナガザル(シロマティとダイチ)はカップを怖がって触ることさえできなかった。
このことから考えると、ちゃがすぐに実験に対応できたのは、今までさつきがするのを何度も間近に見ていたからではないか(社会的参照、模倣?)と考えられる。

(2)さつきに対する指さし指示課題
この課題をさつきができることは分かっているので、あえてやる必要はないが、実験手続きを忘れないように試してみた。練習なし。
結果は、○、×、○、○、×、○、○、○で、6/8の正答率だった。
さつきが間違えた2回は、ちゃと反対で、いずれも検査者から向かって左側が正解の試行だった。

(3)ちゃに対するランドマーク課題
片側(リンゴ片が隠してある)に黄色・丸のランドマークをのせて、選択させる課題をやってみた。練習5回。
その結果は、○、○、×、×、○、×、○、○で、5/8の正答率。
間違えたのは、いずれも検査者から見て右側が正解の試行だった。

時間が遅くなったので、さつきをグルーミングしてから帰ろうとしたら、横からちゃが手を出してきた。

 さつきの手を握ってほおをなでてやっていると、

 そこへちゃが手を出した

ちゃは手を出してさつきの腕をつかみ、引っ張って「このおっさんにさわられるのはやめとけ」という意思表示をした。これは一種のクレーン行動かもしれない。クレーン行動というのは言葉のでない子どもがよくやる要求行動だ。

3月21日(月)
(1)ちゃに対するランドマーク課題
片側(リンゴ片が隠してある)に黄色・丸のランドマークをのせて、選択させる課題。午後3:20から2セッション実施。
3回練習してから本番へ。
1度目の結果は、×、○、×、○、○、○、○、○で、6/8の正答率。
2度目の結果は、○、○、○、○、○、×、○、×で、6/8の正答率。
2度目は最初から5回連続で正解したが、その後、お客さんの方に注意が向いて検査に集中しなくなった。5分後に検査にのってきたが、×、○、×と2度間違えて、結局、6/8の正答率になった。この3回は集中が切れたのか、明らかにカップの方をしっかり見ないで取った。この二つのセッションは連続して実施したので、1度目の途中から、10回連続で正解したことになる。なお、全4回の失敗は、右側3回、左側が1回だった。8回やれば1〜2回間違うという傾向はさつきにもあったので、これはテナガザルに共通する認知上の問題点かもしれない。つまりその程度の頻度で集中力が切れるという。
2日間24試行の結果は17/24で、二項検定すると、P <= 0.032となる。5%水準で有意な結果となった。

(2)ちゃに対する道具使用実験
片側のレーンに落とし穴があいている装置で実験した。練習なし。



結果は、○、○、○、×、○、○、×、○で、6/8の正答率。
間違えたのは2回とも検査者から見て右側が正解の試行だった。

(3)さつきに対するランドマーク課題
赤色・丸と黄色・丸(正解)の選択課題をやってみた。これは以前やった追試。練習2回。

 ランドマーク課題

結果は、○、○、○、×、○、○、×、○で、6/8の正答率。
間違えたのは2回とも検査者から見て左側が正解の試行だった。
この日は夕刻から園の「囲炉裏」打ち上げ会に参加させていただいた。ボランティアの東京農工大の学生も多数参加。ただし、花粉症のため酎ハイで目がボロボロになった。

3月22日(火)
(1)さつきに対するランドマーク課題
赤色・丸と黄色・丸(正解)の選択課題を2回やってみた。練習6回(そのうち、後半の2回は本番と同じ手続きで正解した)。
○、×、○、×、○、○、○、×で、5/8の正答率。
○、○、○、×、○、×、○、○で、6/8の正答率。
計5回の間違いの内訳は、右側2,左側3で偏らなかった。
昨日との3回の合計は17/24で、二項検定では、P <= 0.032となり、5%水準で有意な結果となった。

(2)ちゃに対する多い少ない課題
二つの皿の中にイチゴ片を3切れと1切れを入れて提示する。10回やって全て多い方を取った。パーフェクト。

 多い方を取るちゃ

(3)さつきに対する多い少ない課題
上記(2)と同じ実験。10回やって9回多い方を取った。最初の試行で1切れを取った。

(4)いっぱいのおもちゃを投入して操作を観察する
この課題は早朝9時から開始。1時間ビデオ録画した。
まだ詳細な記載はできていないが、いくつか印象的なシーンがあったので、それを挙げてみる。

@ものを保持して触りながら、他者を見る。
さつき(左)がおもちゃを触っていたが、そこへちゃがやってきて見つめた。そこで、さつきは視線をちゃに移しすぐまたおもちゃへ戻した。これも、さつき-もの-ちゃという三項関係を示すと考えられる。

 物から他者へ視線を移す

A模倣?
ちゃ(手前)がお腹を右手でボリボリと掻きながらさつきを見ていると、それを見返したさつき(向こう側)が右頬を左手でボリボリ掻いた。このような模倣かもしれない行動がこの二人にはたびたび見られる(もう一つの例は、さつきがぬいぐるみを振り回していた時、それを見たちゃもぬいぐるみを振り回した)。偶然だろうと言われれば反論する根拠もないわけだが・・・。
このような行動は、「チンパンジーにもあくびの伝染が認められる」という、J・アンダーソン、明和(山越)政子&松沢哲郎(2004)の研究を連想させる。あくびの伝染は、ある種の「共感」ないし「共感する能力」というものを前提としているとされる。

 ちゃがおなかを掻いているのを見てさつきが頬を掻く

Bボールを投げる
左はちゃがボールを投げたシーンだが、手首を外側に動かして左側面へ投げている。テナガザルはこのような投げ方をすることが圧倒的に多い。右はさつきが手首を内向きに動かしてこちら側に投げたシーンだ。このような操作は希だが、手首を内向きに操作することができるという意味で、重要だと考えられる。手首を内向きにコントロールすることによって、物と物とを関連づける操作が可能となり、ひいてはそれが道具使用につながっていく。

 

Cぬいぐるみを抱く
ちゃが1時間に操作したものの中で、最も長時間かかわったのは、ぬいぐるみだった。
3種のぬいぐるみ(人形、細身のサル、ゴリラ)を投入したが、この中で一番気に入ったのは、左の人形だった。
目がパッチリしてかわいいというのが、テナガが気に入る条件のように思われる。

  

細身のサルのぬいぐるみを京都市動物園のクロマティはいやがったが、ちゃはアイコンタクトをして抱いた。サルによってぬいぐるみの好き嫌いがあるようだ。
また、ちゃがぬいぐるみをさつきの方に持っていくと、さつきも来てケージの柵ごしにいっしょにぬいぐるみに触った。

 アイコンタクト

※ぬいぐるみを抱くという行動は人間の幼児がするふり遊びと同じで、ものを他のものに見立てる象徴機能をもっていることを示す。なお、京都のクロマティは2005/3/13以来1ヶ月以上もぬいぐるみを抱きつづけているという(2005/5/3現在)。
ぬいぐるみを抱くという行為がテナガザルという種に特徴的なものなのかどうか、今後検討したい。

Dタオルをかぶる
ちゃがぬいぐるみとよく遊んだのに対し、さつきが最も好んだのはピンク色のタオルだった。頭からかぶったり、首に巻きつけたりした。この年代(6歳)だと、可塑性のある物の方がいいのかもしれない。なお、物を自らの体に関係づけて操作することを「自分への定位」という。

 ほおかむり

E床をトントンリズミカルにたたく。
ちゃは床を約20秒間、左手でトントンとたたいた。まるで太鼓をたたくようにリズミカルに。テナガザルはシンガーであると同時にドラマーでもある。また、マラカスを右手に持ちながら左手でたたいて音を出すという操作も行った。テナガザルの音楽性を感じさせるシーンだった。

 床をリズミカルにトントンたたく
その動画(WMVファイル)

 右手に保持したマラカスを左手でたたいて音を出す
その動画(WMVファイル)

(5)ちゃに対する実験で青いカップを使用するとどうなるか?
今回、3/20(日)と3/21(月)、ちゃには赤いカップを使用して実験していたが、青いカップを使用するとどうなるか、3/22(火)に短時間だけ試してみた。
黄色・丸のランドマーク課題で試してみた。試行は3回(時間は2分20秒間)のみ。
3回とも右側(検査者からみて)にレーズンを入れるところを見せてからランドマークをのせて試したが、全て反対側を取った(間違えた)。しかもカップをしっかりつかんで持ち上げず、気のない取り方だった。それで、ビデオを詳細に見直してみたところ、2分20秒の間に計9回も後ろを振り返ってさつきの方を見ていたことが分かった。前日に赤いカップを使用したランドマーク実験(上記3月21日(1)ちゃに対する実験の2度目)を見直してみたところ、180秒の実験場面で計2回しか振り返らなかった。これを2分20秒に換算すると1.5回になる。また、この前日での検査では、1試行終わるごとにその場を離れていたが、青いカップを使用した場面では、ずーっとケージの縁の同じ場所(↓の写真の位置)にいた。
ちゃは3回試行した後、実験場面に来なくなってしまった。ところが、このあと別の容器(紺色の皿)を使って多い・少ないの選択課題をやってみたら、すぐに飛びついてきた。さつきを振り返らずに・・・。

 青いカップだとちゃは何度もさつきの方を振り返った

この事実から、ちゃは青いカップをさつきの実験用だと思っていて、絶えずさつきの方に視線を向け、僕の実験じゃないんだけどなあとさつきを気にしながら、うわの空でカップを取っていた(ので、間違えた)と考えられる。

※今まで(2003年以来)さつきにはいつも青いカップで実験していた。その時ちゃは同じケージにいてもさつきのするのを見ているだけであった(遠慮していた)。今回はさつきとちゃが隣同士の別々のケージにいたので、1〜2日目にちゃに対して赤いカップで実験してみた。3日目に初めて青いカップをちゃに提示するとさつきの方を何度も振り返り、実験にもなかなか乗ってこなかった(その直後のカップを使用しない実験にはすぐに乗ってきたのに)。この時、ちゃは2分20秒間の実験中に計9回も後ろを振り返ってさつきの方を見た。前日夕方に赤いカップを使用したランドマーク実験では、3分の実験場面で計2回(これを2分20秒に換算すると約1.5回)しかさつきの方を振り返らなかったのに。明らかに青いカップを提示した時に頻繁にさつきの方をチェックしていたことが分かる。また、この動作も三項関係を示すものである。
このことから、ちゃは青いカップをさつきの実験用具だと認識し、自分の物ではないと思っていたのではないかと考えられる。つまり物に対する所有意識があるということになる。

以上でテナガザルのまとめを終了(2005/05/04)。
今回はビデオ分析に時間がかかったのでまとめが遅くなってしまった。
最近は、ちゃとさつきの二者をめぐるやりとりに関心を持っている。テナガザルにもヒト9ヶ月頃に現れるとされる意図共有的共同注意(大藪ほか・2004、「共同注意の発達と臨床」、p18)の萌芽が見られるのではないかと考えている。この点については今後さらに追求していきたい。

HPtopへ

inserted by FC2 system