羽村市動物公園でのテナガザルに対する実験 No4 2004年3月28日(日)〜31日(水)

羽村市動物公園へおじゃまするのはこれで4回目。立川駅前の立川グランドホテルに宿泊。
赤尾園長さんはじめ羽村市動物公園職員の皆様方のおかげで、予定どおりの実験・観察を行うことができました。感謝です。
また、天候にも恵まれました(晴れ、晴れ、くもり、くもり)。

久しぶりの再会(4ヵ月ぶり)でしたが、私たちが檻のそばに近づくと、さつきは私たちを大勢のお客さんの中から見つけ、目の前に来て動かずにじっと見つめながら、キューキューと声(実験を要求する)を出しました。それで、覚えていたことが分かりました。

登場するテナガザル:
ちゃ 雄:18歳3ヶ月齢(1985年12月24日生まれ)
さくら 雌:6歳1ヶ月齢(1998年2月19日生まれ)
さつき 雌:5歳3ヶ月齢(1998年11月29日生まれ)
なお、ちゃとさつきが同じ檻に同居し、さくらは隣の檻で一人暮らしをしています。

今回の実験テーマは下記のとおり。
@色と形の弁別課題:さつきで実施
赤色と黄色のランドマークを使用。

A3つカップでの短期記憶:さつきで実施
5秒間ついたてで隠してから提示する

Bバロン・コーエンの顔刺激図形を使っての視線追従実験:さくらとさつきで実施

C手足の操作性についての観察:さくらとさつきで実施
休園日に、各種おもちゃなどを檻に入れ、行動をビデオで記録する。

<@色と形の弁別課題>

 使用したランドマーク3種

【T】まずは、前回にもやった黄色・丸のランドマーク課題を試してみました。
3回練習(ランドマークのカップにレーズンが入っているのを見せてから提示する)をしてから、本番へ。対象者はさつき。

 ついたての後で一方のカップにレーズンを隠す(以下の実験も同様)

 レーズンの入ってるカップの上に黄色・丸のランドマークを5秒間置く

 ランドマークを取ってから5秒後にカップをさつきに近づけ、取らせる

 正しい方を選択した

【U】続いて、赤色・丸と黄色・丸のランドマークを提示した場合、区別できるかどうか?
実験の手順は【T】と基本的に同じ。練習を3回やってから実施。
なお、ランドマークを置く順序も、取る順序も左・右、黄・赤がアットランダムになるようにしました(Vも同様)。
また、U・Vの実験ではランドマークを取ってから5秒間おかず、すぐに提示しました。



 黄色・丸のランドマーク(右)のカップにレーズンが隠してある

【V】さらに、黄色・丸のランドマークと黄色・三角のランドマークを提示した場合、それを区別できるかどうか?
あとの手順は【U】と同じ。



 黄色・丸のランドマーク(左)の方にレーズンが隠してある

 正解
実験場面の動画(WMVファイル)。
1セッションで8回(左・右をアットランダムに提示)試行し、3日間で3セッション(T、U、Vを連続で、それぞれ1日に1セッション)実施。結果は、
【T】21/24 (8/8, 6/8, 7/8)
【U】21/24 (7/8, 7/8, 7/8)
【V】22/24 (7/8, 8/8, 7/8)

いずれも高い確率で正解しました(二項検定で、P<0.001)。
さつきは黄色・丸のランドマークと赤色・丸のランドマークを区別し(色の弁別)、黄色・丸のランドマークを手がかりにしてエサを取ることができました。また、黄色・丸のランドマークと黄色・三角のランドマークを区別して(形の弁別)、黄色・丸のランドマークを手がかりにエサを取ることができました。
この結果から、黄色で丸のランドマークをエサのシンボルとしてさつきが認識できたと思われます。

今回の実験中に非常に興味深い場面を見ることができました。
ちゃとさつきは同じ檻に入っているので、さつきに実験しようとすると、ちゃも近づいてきます。それをさつきがジェスチャー(相手の身体に触れるので、厳密にはジェスチャーの前駆的行動?)で制したところ、ちゃはそれを理解して、すぐ横に移動しじっと座って見ていました。
この時、さつきはちゃの目を見つめ手を軽く振って、「じゃましないであっちへ行って」と指示したように見えました。
状況から判断すると、これは”身振り言語”と言えるかもしれません。
1)その場面のスロー動画(WMVファイル)。

また、これと同じ文脈で使われた身振り(接触を伴う)が他にも観察されました。
これらの動作の後、ちゃはそばでおとなしくしていました。

 遠慮して、そばでじっと見ているちゃ
2)ちょんと頭を軽くたたく。その場面のスロー動画(WMVファイル)。 
3)手のひらで頬を軽く押す。
4)頭で頭を軽く押す。その場面のスロー動画(WMVファイル)。 
5)股をさわってから、頭を軽く押す。その場面のスロー動画(WMVファイル)。

夕方になって、ちゃはお腹が空いていた筈なのに、「このテストはさつきのものだ」という状況を理解し、さつきの「じゃましないで」という意図を受け入れて行動を抑制した(遠慮した)と考えられます。
こんなことができるなんて!すごいサルです。
実験をすることで思いがけない競合場面が生まれ、このような相互交渉が観察されました。

※テナガザルのジェスチャーと表情によるコミュニケーションについては、Liebal et al. (2004)に詳しい記載がされています。31種類のシグナル(うち、相手の身体に触れるジェスチャーが12、相手に接触しないで見せるだけのジェスチャーが8、アクションが7、表情が4)が飼育下のフクロテナガザルで観察されたという。このように、テナガザルはジェスチャーと表情による多様なコミュニケーションを行うが、ある特定の意図が推測される場面で使用されるジェスチャーが観察されたのはめずらしいかもしれない。

※ヒト幼児の場合、自分より小さい子にものを分けてあげるなどの自己抑制行動は3歳前後で見られるそうです。

もう一つ興味深いことは、検査者が実験の際、「ちゃはあっちへ行って」と言いながら後方を指さした時、ちゃはそれを理解(たぶん)して、後ろを振り返り、それから後方へ歩いて行き、おとなしく座って見ていました。ヒトのジェスチャーを理解することもできるのです。

Reference
Liebal K, Pika S, Tomasello M (2004) : Social communication in siamangs (Symphalangus syndactylus): use of gestures and facial expressions. PRIMATES 45:41-57

羽村市動物公園でのテナガザルに対する実験 No5 2004年3月28日(日)〜31日(水)

<A3つカップでの短期記憶>
さつきで実施。
隠すところを見せてから、5秒間ついたてでカップを隠して提示する。これは練習なしにいきなり実施。

 3つのカップの一つにリンゴ片を隠す

 カップを5秒間ついたてで隠す

 提示する

これは、二日間で2セッション(1セッション9試行、右・左・中を各3回ずつアットランダムに提示)実施しました。
結果は、
15/18 (8/9, 7/9)
これも高い確率で正解しました。
しかし、前回10秒間カップを隠した時は、集中が持続せず、できませんでした。
はやくエサが欲しいという気持ちが強く、待ち時間が長くなると、集中が切れてしまうようです。

<Bバロン・コーエンの顔刺激図形を使っての視線追従実験>
さつきは、すでに3歳の時に視線追従実験をクリアしていました。
今回は、その追試としてバロン・コーエンの顔刺激図形を使用してやってみました。これも練習なしにいきなり実施。

 使用した顔刺激図形

ついたての後で一方のカップにレーズンを隠してから、↓のように提示しました。
 
顔図形を見ている(さくら)

さくらとさつきでそれぞれ8試行やってみたところ、結果は、
さくら:7/8
さつき:7/8
試行数が少ないですが、どちらも高い確率で正解しました(二項検定で、P<0.0352)。

最終日の最後に、手がかりなしの選択課題(ベースラインとして)を8試行やりましたが、これは期待通り4/8の正答率でした。

<C手足の操作性についての観察>
休園日(3/29)に、たくさんのおもちゃや積み木、輪、タオルなどを檻に入れ、それらの操作行動をビデオで記録しました(さくらとさつきで各1時間)。
なお、同じ実験をさくらは2歳8ヵ月齢で、さつきは3歳3ヵ月齢で経験しています。ちゃは初めて。
これについては、今後ビデオを細かく記載・分析しなくてはいけませんが、目についたことを下記に示しておきます。

(1)さくらもさつきも意欲的に長時間(午前11時から4時までの観察の間ずーっと)あきることなく、ものとかかわることができました。それに対して、ちゃは1時間半ぐらいでかかわらなくなりました。この違いが生育歴によるのか、年齢によるのかはわかりません。
(2)幼少の頃と比べて、片手に2つのものを保持したり、両手に2つのものを保持し、それを同時に操作することが多くなり、また1つのものと長時間かかわるようになっていました。一度に4つのものを保持したこともありました。

 右足に3つ、右手に1つ保持(さくら)

(3)鈴やマラカスを振りならしたり、上手にお手玉して弄んだりしました。

 カスタネットを鳴らす(さつき)
マラカスを振る(ちゃ:WMVファイル)。
鈴を鳴らす(さつき:WMVファイル)。
鈴で上手にお手玉をする(さくら:WMVファイル)。

(4)綱引きをしました(ちゃとさつき)。

 綱引き(ちゃとさつき)

(5)他人の持っているものに興味を持ち、すぐ欲しがりました(ヒトの幼児と似ています)。
(6)置くとか入れるなどの定位操作は見られましたが、2つ以上のものを保持しながらそれらを関係づける(打ち合わせるなどの)操作は一度も見られませんでした
(7)もの(プラスチックの果物模型)を水の入ったバケツの中へ入れ、直後(1〜3秒後)にそれを拾い上げ、ものについた水を舐めるという行動(ものを持ったまま水につけそれを口に持っていき舐めれば立派な道具使用と言えるでしょうが、この場合は一度手放してから取り上げたので、道具使用の前駆的行動と考えられます)がちゃとさくらで一度ずつ観察されました。しかしこれが1時間のビデオ撮影の後だったので、その操作を全て撮影できなかったのが残念!

 水飲み用バケツの中に入れたおもちゃをすぐに取って表面の水を舐める(ちゃ)

※打越(2002)によると、このような道具使用行動はBaldwin & Teleki (1976)とRumbaugh(1970)で報告されています。それは、「水飲みの際、葉っぱを水溜まりに繰り返しつけてなめる」、「水飲みの場面で布をひたしてなめる」というものですが、これらの行動は非常にまれだそうです。今回の行動は、ちゃとさくらにものを与えて(ちゃの場合は生まれて初めておもちゃにさわった)からわずか2時間後に観察されたので、道具使用行動は実はそれほどまれでないのかもしれません。動物園などの飼育場面で、おもちゃなどのものを与えられる機会が少ないので観察されないだけかもしれません。
(8)指をバケツの中の水につけ、それ(指の毛についた水)を舐める行動が観察されました(ちゃ)。
指を水につけて舐めるシーンの動画(ちゃ:WMVファイル)。
(9)ものを投げる時、手首を外側に動かして、身体の側方へ投げました。
その一例。さつきが鈴をぽいと右に投げる場面のスロー動画(WMVファイル)

※さつきが幼少の時にもこの行動はよく見られました。大きくなれば変化するかなと思われましたが、そうではありませんでした。また、18歳を越えた大人のちゃも同じようにして投げるのが観察されました(上記「マラカスを振る」の動画を参照下さい。左手で体の左側方へ投げます)。
オランウータンの幼児は振りかぶって手首を内側に動かして身体の正面へものを投げることができます↓。ものを投げる時の、肩、腕、手首の使い方の違いに何らかの意味があるかもしれません。

 オランウータン幼児は木の枝を振りかぶって投げる(ボルネオ島・ダナムバレー)

(10)タオルなどの可塑性のあるものを好んで操作しました。

 タオルを頭にかぶってブラキエーションする(さつき)

(11)さくらは一人で檻に入っているため刺激がなくボーっとしていることが多く、あまりおもちゃに関心を示さないのではないかと懸念しましたが、予想に反し大喜びで遊びました。その日はおもちゃを離すのをいやがってなかなかねぐらに入らなかったそうです。テナガザルが生き生きと生活するためにおもちゃなどで遊ばせること(操作活動をさせる)の必要性を痛感しました。
(12)レーズン入りペットボトルの蓋をまわして開ける方法を覚えているかどうかを観察したところ、さくらもさつきもすぐに蓋をまわして開けることができました。今回新たに中の見えない蓋付き缶をさくらの檻に入れてみましたが、それも蓋をまわして開けようとするのが観察されました。さくらは蓋をまわして開ける方法を2歳10ヵ月齢の時にやってから、今回の6歳1ヵ月齢まで経験してません。つまり、蓋開けスキルを3年3ヵ月の間忘れなかったことになります。テナガザルに長期記憶のあることが実証された一つの例となりました。

Reference
打越万喜子・松沢哲郎 (2002), アジルテナガザルの行動発達ー最初の4年間ー, 心理学評論, 45, 483-499

HPtopへ

inserted by FC2 system