京都市動物園でのテナガザルの観察 2005年3月12日(土)〜13日(日)

登場するテナガザル:
シロマティ(父):21歳11ヶ月齢、1983.4.10生(横浜市野毛山動物園)
クロマティ(母):1986.5.13来園(来園した時すでに大人だったが、誕生日と出生地は不明)
ダイチ(息子):5歳11ヶ月齢、1999.3.20生(京都市動物園)

飼育担当の長尾さんのお誘いを受け、京都市動物園を訪問した。
ちょうど京都シティハーフマラソンが3/13(日)に開催されたので、それに合わせての訪問だった。
なお、ハーフマラソンは1時間40分22秒で完走できた(このコースでの自己新)。
3/12(土)は冬型の天気で寒かった。北風が強く、時々小雨も降った。
3/13(日)は午前中は晴れていたが寒く、午後からは小雪がちらほら舞っていた。

私は学生の頃(約30年前)、真如堂の近くに下宿していた(極楽寺という小さなお寺のはなれ:下宿代月6000円の超ぼろ部屋)ので動物園に近く、散歩がてらよく訪れていた。何度も訪れていると、どこに何が住んでいるのか全て頭の中に思い浮かぶようになっていた。愛着ができて自分の庭のような感覚で訪れていたように思う。じつはその時動物園の飼育係になろうかなと本気で考えたことがあったが、その当時は現在と同じく景気が悪く、採用がないというのであきらめて、同じ動物である人間相手の仕事(教師)についた。

当時大学では農学部の家畜繁殖学研究室に所属し、豚の精子を凍結保存(液体窒素中での)するにはどうすればいいかというテーマで卒論に取り組んでいた。精子を採取し、卵黄、クエン酸に水を加え、ストローに入れて液体窒素に漬ける。この方法で牛や人間の場合はすでに実用化されていたが、豚では生存率が悪く、他の方法がないかどうか試行錯誤しながら取り組んでいた。その当時の指導教官だった助手の加藤先生は神戸大で退官されたが、助教授だった入谷先生はマンモス復活計画の責任者として近畿大学でいまだに第一線で活躍されている。

なぜこんなことを書いたかというと、園では現在テナガザルの人工授精に取り組んでおられるからだ。聞いてみるとテナガザルの凍結保存法では精子の生存率が極めて低いので、排卵日の前日に雄から精子を採取しそれをすぐに授精するという方法をとっておられた。人間の場合は凍結保存精子の生存率が極めて高いのに、同じ類人猿であるテナガザルではどうして生存率が低いのか不思議だ。機会があれば、テナガザルの精子を顕微鏡で見てみたい。
現在、人工授精のために、クロマティ(母)は一人で、シロマティ(父)とダイチ(息子)は二人で、それぞれ別のケージで暮らしている。

さて、テナガザル君たちとはこれまでに何度か出会っていたが、挨拶するのは初めて。どんな反応をしてくれるのか興味深かった。

1.服装を変えると反応が変わるか?
クロマティは用心深く近づいてきて、背中をグルーミングしてほしいと背中をケージの柵に押しつけて座った。

 グルーミングをせがむクロマティ(大人・雌)

クロマティは嫉妬深く、女性の飼育係になつかず攻撃的だというので、翌日飼育係の服装と長靴を借りて接近してみたが、行動に変化はなかった。服装や外見で人を区別しているわけではないことがわかった。

 飼育係の服装でも大丈夫、レーズンをもらう

2.クロマティにぬいぐるみを与えて反応をみる。

 100円ショップで売っていたたぬきのぬいぐるみ

クロマティはすぐにぬいぐるみをとりあげて、大事に持ち運び、抱いた。そして、3/29現在も抱き続けている。

 ぬいぐるみを大切に抱く

先日(2004/3/28)の発達心理学会で、霊長研の松沢さんが「野性のチンパンジーが死んだタヌキを抱いていた」という話をされていたが、クロマティも生きたネズミを抱いたことがあるという。
ぬいぐるみを抱くという行動は、人間の幼児がするふり遊びと同じで、ものを他のものに見立てる象徴機能をもっていることを示す。クロマティは一人暮らしなので、寂しさをぬいぐるみを抱くことによって解消しているのかもしれない。癒やしとして。
福知山市動物園で、3歳3ヶ月齢のさつきがモンチッチのぬいぐるみを抱いたことがあるし、羽村市動物公園では、18歳7ヶ月齢のちゃがこのタヌキのぬいぐるみを抱いた。
ぬいぐるみを抱くという行動がテナガザルという種に特徴的なものなのかどうか、今後の検討課題である。

3.二つカップの選択実験ができるか?
シロマティ(父)とダイチ(息子)のケージには1ヵ所だけ手の出せるところがあるので、そこで試してみた。
しかし、シロマティはレーズンを見ても、考え込んで指を出すこともしなかった。警戒心が強いのか、遠慮しているのか、お腹がいっぱいなのかよく分からない。

 考え込むシロマティ

そこで、ダイチ君を相手に提示すると、彼は近づいてきて、こわごわ手を出した。

 こわごわ手を出して、レーズンを取る

提示台の上にのせたレーズンを取るのは怖がったが、何度かやっているうちになんとかできた。
二つカップの指さし課題を試してみた。しかし、一度手を出したがうまくレーズンを取れず、それから興味をなくしてしまった。

 カップの上のレーズンを取ろうとするが、うまく掴めない

4.いろいろなおもちゃに対する反応
シロマティとダイチのケージに様々なおもちゃを投入して反応を見た。ここで二人の面白い行動が観察された。
まずは、
(1)共同注意


 共同注意

この写真は、ダイチ(息子)がシロマティ(父)の持つマラカスを同時に見つめている場面で、これを共同注意(joint attention)といいう。
人間の幼児ではここで、お互い(母親と)の目を見つめ合う、そしてまた物を見るという動作をくり返す(これを三項関係という。三項関係とは、この自己ー物ー他者の関係、つまり物を介して他者と意志を通い合わせること→意志の共有=joint intentionにつながっていく)のだが、それがテナガザル(チンパンジーも)では、なかなかできない。そこが類人猿と人間の違いだとされている。
お互いを見つめ合いながら物とかかわることが、テナガザルでは本当にできないのかどうか、今後詳しく観察する必要がある。

次に、
(2)手渡し

 手渡し?

テナガザルでは、母子間の食べ物の受動的な(取るのを許すというような)手渡し=passive food sharingは時々目撃されるが、能動的な(自分から積極的に渡す)手渡し=active food sharingは非常にまれだといわれている。
以前、福知山市動物園で、2歳10ヶ月のさつきが実験中にカップを検査者に手渡しするのが観察されたが、これもたったの1回のみで、その後は観察されていない。
今回、京都市動物園でシロマティとダイチのあいだで、手渡し行動が目撃された。ダイチ(息子:黒い方)がシロマティ(父:白い方)の持っているボールを取ろうとすると、シロマティはそっと手放して、ダイチが取るのを許したというシーン。これは厳密には受動的な手渡しだが、もっと連続的になめらかに行なわれれば、能動的手渡しということになる。このような過渡的な行動というか、原初的な行動の見られるところが、テナガザルの魅力といえるだろう。
手渡しができるためには、共同注意ができることはもちろん、他者の意図を理解できなければならない。なお、人間の赤ちゃんが実際に手渡しできるようになるのは、11ヶ月齢頃である。

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