タイ・プーケットのGRP(The Gibbon Rehabilitation Project)訪問記 2003.03.28〜04.01

タイ・プーケット島北東部に、小規模な原生林が残っています(↓の地図、赤矢印)。そこにテナガザルのリハビリテーション施設が1992年に設立されました。いまタイのテナガザル(Hylobates lar)は、熱帯雨林の破壊や違法捕獲のために絶滅の淵に追いやられています。 GRPでは、ペットとして飼われていたり観光地のバーで見せ物にされていたギボンを引き取り、何段階ものリハビリを時間をかけて行い、野生に戻す努力を続けています。

 プーケット地図

この施設は、観光用に一部公開されています。観光客には、GRPの取り組みを紹介し、理解してもらってTシャツや絵はがきなどを購入してもらい必要な資金を獲得しています。そして、それらの活動(テナガの世話や観光客への説明・グッズの販売など)は、世界中から集まったボランティアの若者たちでなされています。

何故ここへ行こうと思ったかというと、昨年11月、GRPから以下のメールが届いたからです。
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Dear friends,

This is the first gibbon birth inside the Khao Phra Thaew Forest of Phuket for 20 years.



<Follow-up And Study After The Release>
The lack of data about released gibbons in the past, due to difficulties encountered during observation and the lack of enough volunteers at times at the GRP is a point, which should be considered. Many gibbons have disappeared after release without knowing what happened to them.

For this reason regular all day observations will be maintained by GRP volunteers and staff in order to ascertain the success of the release. The released family will be followed and observed every day for one month and after this first period as long as possible and needed. Data will be collected and used to study the behaviour of released gibbons, the daily range, habitat use and adaptation to forest diet. Comparisons should be ensured between the different strategies: 1. Releases in the forest / on the islands. 2. Releases of family groups / juveniles groups. If the release is successful, other families will be reintroduced in different areas of the forest.

Your sincerely
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保護して育てていたテナガザルを森に返し、それを毎日ボランティアが観察していること、そして、そのテナガ家族が初めて子供を産んだというメールでした。

そこで、以下のことをテーマにして行ってみることにしました。
1.テナガザルがたくさん保護されているので、その行動観察やちょっとした実験ができるかもしれない。
2.シロテテナガザルのコールを聞きたい。ボルネオ・ミューラーテナガザルのコールとの違いを実際に森の中で聞いて確かめたい。
3.ボルネオの熱帯林とタイの熱帯林のどこが違うのか、体験によって知りたい。

訪問したいというメールを2月に現地へ送ったところ、親切な返信が届きました。
訪問を歓迎すること、ボランティア用の宿を無料で提供すること、空港まで迎えに行くので到着便を知らせるようにという内容でした。
それで、すぐHISに電話をして飛行機を予約しました。その時点(2月)では、肺炎(SARS)問題は全く報道されていませんでした(3月17日付け新聞に、「謎の肺炎、新型ウイルスの可能性 渡航者に検査呼びかけ」という記事が初めて登場した)。

3/28関空発の飛行機はタイ航空のジャンボ機でしたが、ガラガラ。乗客は数十人くらい。バンコクで乗り継いで、プーケットへ。これもジャンボ機でしたが、もっとスカスカでした。
空港からGRPまでは、車で約20分。空港にはスタッフのMAYさんが迎えに来てくれていました。
GRPの事務所は道路沿いにあり、その裏にはボランティア用の宿舎、さらに後ろにテナガの飼育小屋がありました。

 GRPの事務所

そこで、Dr.Tumが待っていてくれました。彼はまだ30歳の若者でした。とにかくここのスタッフはみんな若い。

 左がDr.Tum

事務所から少し離れたところに森はありました。

 原生林

この森の入り口に観光客用の施設があります。左の二人は一緒に森を歩いたボランティア(LisaとHelena)。

 案内所

なお、朝食は事務所の隣のお店で食べられます。

 お店のおばちゃん

焼きそばと焼きめしを少しずつ取って一皿に入れると、10バーツ=29円でした。安いです。
この時のレートは1万円=3489バーツ(つまり、1バーツ=2.87円)。
缶ビールは30バーツ=86円で売ってました。ガソリン代は16バーツ=46円/リットルと安い。
タイは11月から4月が乾期で、非常に暑く感じました。夜は、掛け布団はいらず、扇風機をかけっぱなしで寝ました。

GRP訪問記 No2 ボランティアの仕事

ボランティアの一日は大変忙しい。
<森での観察>
森に出かけるメンバーは午前6:30には出発し、午後4時まで観察します。この観察に、3/29と3/31の2日間、同行してみました。
麓から歩いて約30分のところにベースキャンプがあります。

 キャンプサイト

そこを起点にテナガ家族の行動を細かく記載します。
乾期の森の中も暑かったです。雨が降るということは気化熱を奪う→涼しくなるということなんだということがよくわかりました。
ところで、ボルネオの森は1年中雨が多いので乾期がハッキリしません。その森と比較してみて、木の高さが違いました。どうやら、雨が多い→木がよく育つということのようで、タイの森はボルネオよりも小規模な森という印象を受けました。

 行動を記録する

2002年9月からここに放されたテナガ家族は1グループ。構成は両親(父17歳、母13歳)と息子(3歳)、それに赤ちゃん(生後5ヶ月)の4人。彼らは毎日2回食事を与えられています。
どうやって広い森の中でテナガを見つけるのかなと疑問をもっていましたが、このエサ場にテナガ家族がやってくるので、追いかける必要がなかったわけです。しかし、これは観察には好都合です。
その食事で、興味深い場面を目撃しました。
赤ちゃんテナガがお母さんの手を引っ張って食べ物を口のところにもってきた時、お母さんは赤ん坊が食べるのを許しました。
その動画

 赤ちゃん(Hope、5ヶ月齢)が食べるのを許す(Kip、13歳)

2001年11月にドイツのGeissmann氏が送ってくれたメール(「さつきの手渡し」・・・Satuki No2についてのコメント)で、active food sharingは非常に珍しいということを述べていました。そのメールを以下に添付します。
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It is interesting, indeed. A friend of mine observed several family groups of siamangs for his PhD thesis a few years ago. He observed another interesting thing, but only very few times: The siamang mother gave food to her infant. This is not the same thing as passive food sharing which is very common in gibbons; this is active food sharing. The infant did take the food away from the mother, but the mother first offered it to the infant, then the infant took it. Active food sharing is very rare in animals. Maybe it is related to your observed.
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初めに母親が差し出したのではなく子供が母親の手を引っ張ったので、このメールで記載されているactiveなfood sharingとは違います。 passive food sharingでしょう。しかし、母親の手を通じて食べたこと、母親は自分の口の中の食べ物がなくなると取り上げて自分でかじり、その後再度子供の要求に答えて食べるのを許しました(これを何度も繰り返しました)。この時、母親の手は、子供に引っ張られていると言うよりは自ら差し出しているようにも見えました。
私には、これがpassive food sharingとactive food sharingのちょうど中間的な行動のように感じられました。なお、この行動は、2日間の観察で、計4回確認できました。
じつは、このシーンの前に、食べ物を手渡しした(あるいは、脇腹のところに置いた)【→これを定位操作という】場面があった(これは3回確認できた)ので、その場面の動画と写真もアップしておきます(このテナガは完全な野生ではないが、テナガ同士でのこのような行動は非常に珍しい、というか私は初めて目撃しました)。母親の体の陰で子供の姿が見えませんが、もし子供に手渡したのなら、これこそが本物のactive food sharingです(何度見なおしても、そうとしか見えないんですがねえ)。

(※ここからは2003.7.9に記述)
Active food sharingと思ってましたが、違いました。
よくよく見ると、お母さんは最初の食べ物を口でくわえ、二つ目のを足でつかんでいたようです。残念。
やはり、”手渡し”というのは難しい課題なんですね。
その動画

 エサ箱から取り上げた食べ物を赤ん坊に渡す

また、このような場面も目撃しました。

 仲のいいこと

まだ森に放されてから6ヶ月しかたってないので仕方ないことですが、野生(ボルネオのミューラーテナガザル)の行動とはずいぶん違いがありました。その違いは、以下のとおりでした。
@移動の動きが遅い。
A樹林帯の低いところを動き回ることが多い。
B一日の行動範囲が狭い。

高いところをジャンプすることが少なく、どちらかというとオランウータンの移動パターン(慎重に次の枝を掴んでから、枝渡りをする)と似ているなという印象を持ちました。
また、コール(femaleのgreat callもmaleのmorning songも)は、かなり違ってました。

<飼育されているテナガの世話>
森に行かないメンバーは、事務所裏や売店裏のテナガに食事や水を与える仕事をします。

 事務所裏のテナガ用の食べ物を用意する

 水と食べ物の世話をする

さらに、売店の売り子及び観光客の訪問者への説明もボランティアの仕事です。

 観光客に説明をする

GRP訪問記 No3

<ビデオカメラの液晶画面を見せる実験>
事務所裏には、約30個体のテナガが飼育されています。
いずれも、タイ各地で保護されたテナガたちです。中には片足・片手の障害者もいました。
これらのテナガで実験をしてみました。
それは、ビデオカメラの液晶画面をテナガの方に向けて、自分の顔を見せて、その反応をみるという実験です。

その結果、テナガの反応は以下の5つのパターンに分類できました。計25個体で試しました。
@手を差し出す(親しげに) 4人(5ヶ月齢♂、1歳♀、10歳♂、13歳♂)
A視線をそらす、または逃げていく 7人(2歳♀、3歳♂、6歳♂、7歳♀、10歳♂、18歳♂)
Bお尻を向ける 6人(4歳♀、8歳♂、11歳♀、12歳♀、13歳♀、20歳♀)←雌が多い
C手を差し出す(攻撃的に) 4人(5歳♂、12歳♂、13歳♂、14歳♂)←雄ばかり
D無反応 4人(9歳♂、11歳♀、12歳♀、15歳♂)

テナガは自分の顔を見て自分自身だとは認識できないと考えられるので、この反応は見知らぬ他者に対する反応と考えられます。何故なら、ふだん鏡や水面を見る機会がないので、今までに自分の顔を見たことがないので。
そうすると、
@は友好的 4/25=16%
AとBは恐れまたは服従的 13/25=52%
Cは攻撃的 4/25=16%(これは雄のみ)
Dは不明 4/25=16%

この結果から、以下のことが考えられます。
(1)様々な反応があったということから、テナガには個性がある
(2)他者に対して攻撃的ではない(@+A+Bを合計すると68%になる)
(3)4人だけだったが、他者に親和的な反応(@)をした。このことは、同種間の視線追従だけでなく、みつめあう→コミュニケーションへの可能性を示唆する。

以下に、テナガの反応を写真で示してみます。
私のビデオカメラは、Sonyの小さいやつ(DCR-PC5)で、液晶モニターも小さい(3.8×5cm)です。にもかかわらず、その画像にしっかり反応しました。それが、まず驚きでした。その、モニターを見る場面。

 モニターをしっかり見る

@手を差し出す

 手を差し出す

A視線をそらす

 後ろを振り向く

ただしこの場面は、視線をそらすというより、画面に映った背景を見て、あれっ?と振り向いた反応かもしれません。

Bお尻を見せる

 お尻を見せる

お尻を見せるのは、抵抗しない・服従するという意思表示なのか、それとも相手を受け入れグルーミングを求めるという意思表示なのか、よく分かりません。ひょっとしたら、この反応は雌に多いので、SEXを求めている(相手を受け入れる)のかもしれません(テナガのSEX体位は後背位です↓)。ここでは、一応、服従の意思表示と考えました。
なお、さつきに初めて鏡を見せた時にも、同じ反応を示しました(Satuki No7 さつき1歳半の時)。

 テナガのSEX。この写真はGRP提供。

<両手・両足で食べ物をつかむ>
実験後、食事中に面白い場面を見ました。
力関係で弱い立場にあると考えられる雌(12歳)が、雄(13歳)の目をぬすんで、食べ物を両手・両足で4つもつかんで、食べました。
その様子をくわしく説明すると・・・、
雄が雌の方を見ている間は、雌は雄の方に顔を向けてパクパク食べているところを見せ、雄がむこうを向いた途端、かじりかけの食べ物をさっと足に持ち替え、すぐ次の食べ物を左手でカゴから取り出してパクパクかじる。そしてまた、雄が自分を見ている間はかじり続け、雄がむこうを向くと、今度は食べ物をさっと右手に持ち替える。それを繰り返して、↓の写真のような場面(両手・両足に持つ)になったというわけです。
このテナガは、この後、手足にいっぱい食べ物を持っていることを雄にさとられないように、注意深く一つずつ食べました。
これは一種のだましですね。また、テナガが4つの物を持つという場面を初めて目撃しました。
人間の夫婦にたとえると、かみさんがだんなに分らないように、こっそり”へそくり”を隠すようなものかな。

 上にいる雄の目をぬすんで、両手・両足で食べ物を持つ

<自力でミルクを飲む>
夕方、事務所の中で飼われている、最近保護された5ヶ月齢の赤ん坊を観察していました。
ほ乳瓶が隅っこにポンと置いてあります。飲ませてやらないといけないかなと思って見ていると、下の写真のように、ほ乳瓶を口でくわえて仰向けに寝転がり、足で瓶をつかんで持ち上げ、逆さまにして、ミルクを自力で飲みました。
これには驚きました。わずか5ヶ月齢で、重力による落下法則を理解しているとは!

これまでの観察で、テナガがこのような物理法則を理解していると考えられる例はいくつかありました。例えば、ペットボトルの蓋をあけ、ボトルを逆さまにして中のレーズンを(試行錯誤なしで)取り出す(さくら・2歳9ヶ月齢)とか、道具使用実験での穴あき課題で、穴のある方のレーンのレーキを引っ張ればリンゴ片が穴に落ちて取れないということを理解し、(これも試行錯誤なしでいきなり)穴のない方を選択する(さつき・3歳4ヶ月齢)とか。テナガの認知能力は予想外に高いことが推測されます。

 ほ乳瓶を足で持ち上げて飲む(Teddy、5ヶ月齢)

短期間ではありましたが、テナガザルをじっくりと観察できました。
次回はもう少し長期間滞在したいものです。

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