ボルネオ旅行記  その1

はじめに:
 春休みに一週間くらい休みが取れそうなのでいろいろ行き先を物色したら、ボルネオ島サバ州東南部のダナンバレーというところにロッジがあって熱帯雨林原生林のジャングルを歩けることがわかったので、ジスコというボルネオ専門の旅行会社に予約をお願いして一人で行くことにした。
 一人旅は費用が高くつくが、すべてを自分で切り開いていかなければならないので緊張感があって、人との出会いが濃密になりおもしろい。
 旅行社からもらった行程表は以下の通り。費用は約20万円だった。二人で行けばもう何万か安くなっただろう。

旅程概要:
     1999年
     3/27日関空発11:30(MH053)→クアラルンプール20:50(MH2626)→コタキナバル着(×△△)
                                           KINABALU DAYA HOTEL泊
     28日コタキナバル発6:25(MH2084)→ラハダトゥ着(×●●)
                           BORNEO REINFOREST LODGE泊
     28日〜4/1日ダナンバレー滞在(※滞在中●●●)
           うち1泊(29日)はキャンプ/テント泊
     4/1日ラハダトゥ発17:25(MH2097)→コタキナバル着(●●×)
                           KINABALU DAYA HOTEL泊
     2日夜の出発までの間、自由行動
           コタキナバル19:15発(MH2663)→クアラルンプール
           クアラルンプール発23:45(MH052) 機内泊(××△)  
     3日関空着7:00頃(△××)

            記号説明/食事設定
             ●ダナンバレー内の食事 △機内食 ×付いてない
             ※キャンプの際は弁当、野外での食事等になる

ダナンバレー熱帯雨林の魅力:
 ボルネオ・レインフォレスト・ロッジはサバ州東南部に残されたダナンバレー低地熱帯雨林原生林保護区の中にある。
 ロッジはすべて木造りで、食事も部屋のつくりも豪華で、ユーロピアンの客が多く、彼らは保養地としてここに来ている。
 ロッジの周囲にはトレイルが張り巡らされていて、そこでガイドといっしょにハイキング(というより散歩)を楽しむことができる。ただし今のところ英語ガイドのみで、日本語ガイドはいない。
 ジャングルというと、蒸し暑い、薄暗い、巨大なニシキヘビがうろついていて見つかれば食べられてしまう、危険な病気が蔓延している、等々の悪いイメージがあって、近寄りがたい印象がある。しかし実際は予想と違って、熱帯雨林以上に快適なところは地球上に存在しないのではと思えるほど、地上の楽園という言葉がピッタリのところだった。秘境は人間が近づけないから秘境のままあり続けられるのだから、このまま誰も近づかないでほしい・・・、というのは私のわがままな願望だが、逆に大勢の人が訪れることによって存在意義が認められてこの保護区が守られるのかもしれない。エコツーリズムという概念が新しくできているらしいが、このロッジ建設によっていくらかの生態系の改変がおこっているだろう。開発と保護をいかに両立させるかというのは難しい問題だ。
 熱帯夜という言葉がある。しかしこの言葉は熱帯雨林の夜にはあてはまらない。確かに湿度は100%に近いが、気温は23℃まで下がり、寝苦しいということは全くない。それに何故か蚊もブトもいない。安定した生態系の中では蚊が生存する場がないのだろう。だから蚊取線香、虫除けスプレーは使わなかった。夜、灯りがあれば虫がいっぱい寄ってくる(走光性)と生物学で習ったが、ここではそれほどでもなかった。ロッジの灯りの下には珍しいカブトムシやセミがいっぱいではと想像したが大間違いで、ほとんど見つからなかった(小さいクワガタのメスが2匹だけ)。光にも飢えていない満ち足りた虫たちだ。
 ジャングルといっても森の中はひどいブッシュもなく、道(踏み跡)がなくても下草をちょっとかき分ければどこでも自由に歩き回れ、究極の森林浴を味わうことができる。ただヒルだけが唯一の困り者だ。こいつだけはどうしようもない。地面や下草にくっついていてたえずヒトを狙っている。すぐに取り付き、肌を探し求め、食いつくと血を吸う。ズボンのすそを這い上がってくるのを見つけ次第、とって捨てるしかない。ただし、ロッジの周りの整備された道では問題ない。

ジャングルの中.JPG (20580 バイト) ジャングルの中

象の足跡.JPG (18894 バイト)   象の足跡、スケールは1m

 熱帯雨林は生物の宝庫で、双眼鏡は必需品だ。何十メートルもの木の上にいる鳥やサルやリスなど肉眼ではとても見えたものではない。動物の写真を撮りたければ望遠レンズが必要である。生物の種類が多くとても名前までは覚えられそうにないが、主要なものは英語名を知っておいたほうがガイドの説明がわかって面白い。知らないうちに覚えたのはOrang Utan(オランウータン)Gibbon(テナガザル)Long-tailed Macaque(オナガザル)Squirrel(リス)Hornbill(サイチョウ)Lizard(トカゲ)Frog(カエル)Cicada(セミ)Ant(アリ) などだ。私は市販の小さいメモ帳(緑色表紙のSKETCH BOOK)を持参して、ガイドにスペルを書いてもらっているうちに自然に覚えてしまった。
 生物を観察するよりもっと印象的なのが、森から聞こえてくる音だ。鳥、セミ、カエル、テナガザルなどの大合唱は音色や音量を変化しながら絶えずなりやまない。何ともいえない心落ち着く音楽鑑賞だ。ここでは自然のオーケストラを24時間聴くことができる。原生林の中は暗くてなかなかいい写真が撮れないが、ビデオなら音がとれるのでビデオカメラを持っていくのをおすすめする。ロッジで森の音楽CD(RM35)を販売しているのでそれを買ってもいい。
 ロッジ周辺のウオーキングでは物足りない、もっとジャングルの中を歩き回りたいという人には、Tented Camp(ロッジからおよそ7km離れたテント場)への一泊二日コースもある。このコースを歩いてみたが、健脚の人が休憩無しで歩いて2時間半、普通の人がゆっくり歩けば4時間はかかる。途中にちょっとした峠がある。ヒルがいっぱいなので、軽登山靴に厚手の靴下・長袖・長ズボンにヒルよけソックスは必需品。帽子に軍手もあったほうがいいだろう。雨具はカッパよりすっぽりかぶれるポンチョの方がいい。折りたたみ傘は必須。3月末では雨は午後にほぼ毎日降った。時に雷を伴う激しいスコールもある。だから、午前中には行動を終えるべきだ。
 このコースを歩けば熱帯雨林を肌で感じることができる。私は象の足跡、レッドモンキー、枯葉そっくりのカエル、大きなムカデ、大きなシロアリの巣、倒れた巨木(実はこれが最も危険、根がしっかり張ってないので突然倒れることがある)などを見ることができた。直射日光が地上に届くことはほとんどないので、周囲は薄暗い。蒸し暑く滝のように流れる汗。これぞジャングルだ。
アリの巣.JPG (18374 バイト) 大きなシロアリの巣、スケール縦50cm

 テントから帰ってきた翌日、このあたりを縄張りにしているテナガザルとオランウータンがロッジ周辺に現れた。テナガザルは毎朝5時半頃から1時間ほどホワッ、ホワッと大きな声で鳴くのでどこにいるのかすぐ分かる。彼らは小猿を含め7匹のグループで行動していた。単独生活のオランウータンは3ヶ月に一度くらいしかロッジに現れないそうで、これを見れたのは本当にラッキーだった。彼の名前はチャーリー、5歳のオスで未婚。チャーリーは夕方5時に私の部屋のすぐ横の木の上に巣を作ってくれたので一晩をともにすることができた。
 4泊の滞在を終えて、ダナンバレー<熱帯雨林>の魅力を堪能できた。

行動記録:
3/27(土)
 京都からはるかに乗ったが、自由席車両ができていて驚いた(運賃2980円)。
 関空発11時半のマレーシア航空ボーイング777機は16時45分ペナンに着いた。マレーシアとの時差はちょうど1時間。ペナンの気温は29℃。9番ゲートを入ったところに両替所があったので2万円をマレーシアリンギット(RM)に替えた。100円=RM3.095だった。土産物店には蝶(RM120)やカブトムシ(RM120)や大きい蜘蛛(RM150)の標本が置いてあったが、高価だ。
 飛行機は18時半にペナンを出てクアラルンプールに向った。隣りの座席に座った若い女の子に思いきって話しかけると、彼女はこれからメルボルンに行くと言ったが、それ以上の会話には発展しなかった。
 クアラルンプールには19時10分到着。もう真っ暗。それからコタキナバル行きの飛行機に乗り換えた。この機は21時に離陸した。途中チキンカレーと紅茶の機内食が出たが量が少ない。コタキナバルには23時10分に着いた。関空を出ておよそ12時間もかかり、もうぐったりだ。ここまで来ると日本人は少ない。ジスコの職員が迎えに来てくれていた。すぐにタクシーのチケット売り場に行ってキナバルダヤホテルまでの券を買うとRM18だった。深夜料金なのだろう(普通はRM12)。ここのタクシー乗り場は整然としていてうるさい客引きはいない。
 ホテルに着いてシャワーを浴びるともう12時をまわっていた。4時45分のモーニングコール(Wake Up Callという)と5時のタクシーを予約してすぐに寝る。

3/28(日)
 ほとんど寝ないまま、4時40分にモーニングコール(テープに録音された女性の声)で起こされた。すぐに荷物をまとめて空港に向かう。5時だというのに国内線のチェックインカウンターにはもう大勢の行列ができていて一瞬あせる。無事に搭乗券をもらい空港待合室に行って何か食べようと思ったが、カフェーには飲み物しかなかった。店のお嬢さんがかわいいので、ホットコーヒーを飲んでいると、ヤキソバのような食べ物(Fried Mee Hoonという)が運ばれてきたので、すぐ注文して食べてみた(RM4.5)。まあまあの味だが日本のヤキソバよりは大味な感じだった。6番ゲートを出るとまだ薄暗かった。飛行機はプロペラ機だった。でもけっこう大きい。50人乗りのFokker F50という、プロペラの双発機だ。6時25分離陸。日本人は一人もいない。窓際の席だったのでずーっと景色を見ていた。すぐに明るくなってきて下に島が見え、キナバル山も見えてきた。東部に行くと雲が出てきて熱帯雨林は途切れ途切れにしか見えない。このあたりは北東からの貿易風帯なので、ボルネオ島東部はどうしても冬の日本海側と同じで雨が多いのだろう。7時20分にラハダトウの空港に着陸した。

 空港には緑の服を着たロッジの職員がワゴン車で待ってくれていた。でも客は私ひとり。彼の名はPAIN BIN BULUKという。ラハダトウの街に朝食を食べに連れて行ってくれた。これ(朝食に連れて行ってくれる事)は聞いてなかった。一軒の中華料理屋があいていて賑わっていた。そこでシューマイとティーを食べたが支払いは彼がしてくれた。この街からダナンバレーまでは約85kmある。かなりな距離だ。それも舗装されていない道だ。途中でバナナ(日本でモンキーバナナといっているやつ)を一房RM1で買って、食べながら行った。うまかった。

バナナ売り.JPG (18568 バイト) 道沿いのバナナ売り

 奥深く森の中に入っていくにつれ、高い木があらわれてくる。7時40分に空港を出てボルネオ・レインフォレスト・ロッジに着いたのは11時を過ぎていた。ロッジの手前にゲートがあって、ここが原生林と二次林の境界という事だった。
 このボルネオ・レインフォレスト・ロッジはサバ州東南部に残されたダナンバレー低地熱帯雨林原生林保護区の中にある。原生林というのは何ともいえず調和のとれたどっしりと落ち着いた雰囲気がある。無駄な空間がないという感じ。ロッジはすべて木造りで、各部屋は独立した建物になっていて内部は広く、木の橋で中央の本館と結ばれている。食事も部屋のつくりも豪華で、日本でいえば上高地の帝国ホテル(実はロビーでコーヒーを飲んだだけで泊まったことはないのだが)のイメージに近い。ユーロピアン、特にイギリス人の客が多い。

ダナンバレーロッジ部屋.JPG (23002 バイト) 私の部屋、向こうの木の上にオランウータンが巣をつくった

 着いてすぐ、ロッジの説明を受けた。朝食は7時から8時、昼食は12時から2時、夕食は7時から8時ということだった。
12時を過ぎていたのですぐに昼食を食べた。ごちそうだった。チキンの煮物、インゲンの炒め物、エビのケチャップ煮、どれもニンニクがたっぷり入っていてうまかった。それにスープとライス。デザートに果物。ビールは一杯RM10、よく冷えていてうますぎる。ここの料理は中華風マレー料理といった感じだ。

ランチ.JPG (21742 バイト) 豪華なランチに冷えたビール

 食べていると、ガイドの若者が挨拶にきた。MAXMILLAN(通称MAX)という。しっかりした感じの若者だ。昼食後しばらくして彼と彼のガールフレンドのイギリス娘と私の三人でキャノピーウオークへ行った。私の英語がへたくそなのでうまく会話がはずまない。キャノピーというのは数十メートル近い高木の間に吊り橋をかけたもので、その上から森を観察しようというものだ。帰りにサイチョウの大きな声と悠然と飛ぶ姿を見た。

マックス君.JPG (28342 バイト) キャノピーウオークとガイドのMAX君

 夜は8時半から9時過ぎまでナイトウオーク。しかし、白い野生の豚、ホタルにヒル以外は何も見えず。ここまでほとんど寝ずにきているのでさすがに少し疲れた。それに風邪気味で体調はよくない。この日はすぐに寝た。蚊がいない。これが不思議なことだ。電気蚊取り線香がついていたが、そんなものは必要ない。

ボルネオ旅行 その2

3/29(月)
 一晩寝たら体調はだいぶ回復していた。今日はロッジから約7kmはなれたTented Campとよばれているキャンプ場までいって一泊する日だ。ヒルがいっぱいだというので、軽登山靴に厚手の靴下・長袖・長ズボンの重装備にヒルよけソックスをつけて8時25分に出発した。行くのはガイドのMAXとその助手LOIRYと私の3人。天気はよく、快調に歩いていく。MAX君が刃渡り30cmのナイフで目の前の枝や葉をなぎ払いながら前進してくれるので、私は後ろをついていくだけ。森の中は薄暗く湿度もかなり高い。気温は30℃前後。汗が絶え間なくしたたり落ちる。
 ふと足元を見ると3cmくらいのヒルがひょこひょことはいあがってくる。素手でつかむとその手に食いついてくる。それで軍手をはいてつまんで捕ることにした。しかし、いつのまにか手首や首筋に食いつかれていた。毒蛇とかハチとか蚊を予想していたが、ヒル以外に危険で嫌なものは何もでてこなかった。

PAKUPARISの採集.JPG (27829 バイト) ワラビの採集、赤シャツはLOIRY君

 ガイドの二人は途中でワラビのようなシダ植物の若芽(PAKU PAKISという)をたくさんつんだ。食事の材料にするらしい。途中、サルがはるかな木の上でチラっと見えた。象の足跡や糞があちこちに見られる。枯葉とそっくりな色のカエルも。

カエル2.JPG (9471 バイト) 枯葉色のカエル

 この暑さの中を歩きつづければかなり消耗する。途中の川沿いで休憩したが座るとヒルが這い上がってきそうで立ったまま休んだ。河原の石は砂岩と赤っぽい泥岩だった。ちょっとした峠を越えて13時10分にテント場に着いた。かなりのどが乾いていた。このテント場は何故か京都北山にある京大の芦生(あしゅう)原生林中のカヅラ小屋あたりと雰囲気が似ている。原生林というのは環境が違っても似てくるものなのだろうか。
 ガイドの二人はすぐに火を起こして食事の仕度をはじめた。炊事場も屋根着きの小屋になっている。鍋・やかん・食器類は完備している。水は下の川からくんでくる。トイレもある。私はこの旅行直前に風邪気味で走りこんでなかったのでバテてしまっていた。それでテント場の板場で寝転んだ。テント場は屋根がついていて高床式の板張りで、けっこう広い。この小屋はしかしあまり頻繁には利用されていないようだ。

テント場.JPG (24586 バイト) テント場、8人は寝られる

 昼食のメニューは、ご飯とワラビの芽を炒めて卵とじにしたもの、ワラビとコーンビーフの炒め物、ワラビ入りスープと、ワラビずくし料理だった。うまかった。デザートはパイナップルの缶詰で、コーヒーも出してくれた。
 しばらく昼寝をしたあと、みんなで川に飛びこんで泳いだ。この川は清流でこれが風呂代わりになる。水温24℃。体も汗だくの下着もここで洗えばスッキリ。ガイドの二人はしばらく泳いだ後、愛用のナイフを一生懸命、河原の石(砂岩と泥岩)で研いでいた。私はボーッとして空を見上げていた。空をサイチョウが悠然と飛んで行く。しばらくするとBlue Birdが水を飲みにやってきた。この川にはハヤに似た小魚がいっぱい泳いでいる。MAX君によるとこの魚はうまいそうだ。今度行かれる方は渓流用つり道具を持参すればうまい塩焼きが食えるだろう。それにTapaiという地酒をガイドに頼んで持っていけば最高!

テント場下の河原.JPG (16925 バイト) 川。夕方この空をサイチョウが飛んで行った 

キャンプ料理.JPG (15271 バイト) ワラビ料理

 夕食は同じくワラビずくし料理。暗くなって、9時から10時まで川沿いにナイトウオークに出かけた。川沿いはヒルがいないのでよい。しかしホタルと小さい亀以外は何も現れなかった。
 備え付けのシュラフで寝たが、寒くもなく暑くもなく快適だった。森に包まれて寝るのは最高の気分。蚊がいないのでガイドの二人はテントの中でなく板場で寝ていた。熱帯雨林てやさしい世界なんだなと寝ながら感じた。この日は珍しく夕方ぱらぱらと雨が降っただけだった。

3/30(火)
 ジャングルの朝ははやい。薄暗いうちからさまざまな生物が鳴き始める。4時半ころからうるさくなってきた。気温24℃。5時頃にはテナガザルのほえ声もはじまった。
 朝食はインスタントラーメンとウインナ−とワラビのあえもの。それにパンとコーヒー。ガイドの二人は食器を洗ってから、また川に飛び込んでひと泳ぎした。9時20分に出発。帰りはほとんど休憩無しに歩いた。今度は体調がバッチリで全然疲れなかった。そして12時10分にロッジに帰りついた。着いた直後に激しいスコールがやってきた。雷もなる。あぶなかった。雨に遭わなくてよかった。すぐにシャワーを浴び、洗濯をして昼食を食べに行った。汗をかいた後なので冷えたビールがうまかった。
 午後は昼寝をしたあと、一人でもう一度キャノピーウオークへ行った。一人で散歩するのも面白い。トカゲが突然出てきて道を横切ったり、林の中をのぞくと30cmもある真っ赤な鳥がいたり、サイチョウが大声でないていたりした。声の方向を双眼鏡で見てはじめてサイチョウをはっきり見ることができた。手塚治虫の火の鳥はこれがモデルではないだろうか。くちばし・とさか?に特徴のある大きな鳥だ。
 夕食に戻ってくると、今日は客が多そうだ。今日の宿泊は14人だそうだ。私以外はすべて西欧人だ。だからか、夕食には小さくスライスしたステーキがでた。
 夜8時半から10時までナイトドライブに出かけた。トラックの荷台に椅子をのせてそれに座って行く。客は8人乗った。運転席の屋根にはガイドが乗って強力なランプで森を照らし出す。でもこれは余程運が良くないと動物は出てきてくれない。樹上のリス、シカが見えただけだった。

3/31(水)
 8時半から一番人気のあるというCoffin Cliff Trail(3km)へ行った。まずテナガザルが従業員宿舎の横の木に来ているというので見に行った。7匹の群れだった。木の枝を上手に飛び移ってエサを食べていた。木が高いのでひどく小さく見える。木の実を食べている。
 それから高台にある原住民の墓(250から350年前の)を見に行った。この辺はよく人が訪れるところで地球の歩き方にも写真入りで載っているので、記録は省略。ただ、ここの骨が置いてあった崖の石は4〜5cmの角レキまじりでマトリックスはタフシャス、中のレキは基盤の砂岩・泥岩・花崗岩が多いが黒い玄武岩のくさったのも混じっているので、近くの火山噴火で吹き飛ばされてできたものと考えられる。時代はしまりぐあいから見て第三紀のものだろう。ボルネオの地質図が手に入らないので全体像が分からないが・・・。実はこの地域の詳しい地形図も手に入らなかった。それで、昨日のキャンプ場の詳しい位置も不明。

トカゲ.JPG (40716 バイト) ロッジの近くで見つけた緑色のトカゲ。わかるかな?

 ロッジに帰ってきて玄関の手前に来ると突然横の林でバサッという音がした。ガイドのMAXはさすがだ。その音だけで、オランウータンと分かったみたいだった。単に枝か何か落ちてきただけなのに。
 彼の指差すところを双眼鏡で見るとまさか見れるとは思っていなかった野生のオランウータンだった。これもすぐ横の木の上なのに、距離がはなれているので予想外に小さく見えた。見上げると首が疲れるので道に寝転がって双眼鏡に見入った。感激だった。私が寝転がっていると次々人が集まってきた。
 MAXによるとオランウータンはこのあたりをテリトリーにしている5歳のオスで、チャーリーと名づけられている。餌を求めて移動するので、ロッジでは3ヶ月に一度くらいしか現れないということだった。何という幸運。
 午後はまた激しいスコールがあった。雨の後、Sapa Babandil walk(1.8km)へ行った。これはさして見るべきものはなかった。
帰ってくるとチャーリーはロッジの中の、それも私の部屋の横の木の上にいた。たえず何かを食べている。そして、5時頃から枝を折って巣を作り始めた。すぐに完成して、時々顔を出してもぞもぞしていたが6時になると動かなくなった。寝たようだ。
今日は満月。オリオンが真上に見える。今日もナイトドライブ。8時半から10時50分までかなり遠いところまで林道を走ってくれた。案内ガイドは年長のStephen。火星が赤く輝いていたが、動物はほとんど何も見えず。リスが木から木へ飛び移るのが見えたくらい。ナイトドライブもナイトウオークも動物次第でなかなか難しい。

4/1(木)
 最後の夜なので、夜中4時に起きてドアをあけると前の欄干にとまっている大きなふくろうと目が合ってしまった。彼はびっくりして飛んで行ってしまった。それから、セミかカブトムシがいないか灯りの下を探しまわったが、見つけたのは小さいクワガタのメスが2匹だけ。緑色のセミを見つけたかったのだが・・・。光に虫が集まるというのはここでは成り立たないのだろうか。
 その後夜明けの森の合唱を聞きながらベッドで寝転んでいた。オランウータンは6時すぎに起床した。隣り部屋のイギリス人老夫婦の奥さんがドアをたたいて知らせてくれた。手を大きく伸ばしてストレッチをした後、巣から出るとすぐ隣りの木に移動していった。足で隣りの枝をたぐりよせ、慎重に伝っていく。けっこう手際よく動く。
 最終日の午前中は8時半からHornbill trailに行った。途中日本語の上手なガイドJERRYのグループと合流していっしょに歩いた。Milipideというゲジゲジの大きいのがいた。足が一ヶ所から2本ずつ出ているのは無害だそうだ。一本のは危険らしい。
ロッジの手前でトラックが帰ってきたので乗せてもらった。彼らがペットボトルに入ったTapaiという地酒をもっていたので飲ませてもらう。日本酒よりあっさりしていて飲みやすい。10時に帰ってきた。ここでMAXとLOIRYに京都で買ってきた源氏物語風ハンカチをお礼に渡した。
 オランウータンは11時頃にどこかへ行ってしまった。オランウータンは一日に2km四方の領域を移動するそうだ。
 最後の豪華な昼食を食べて、スローロリスのTシャツ、森の音楽CD、原住民の作った笛、イギリス人女性科学者Campbellの書いた本をお土産に買ってラハダトゥに向かって1時半に出発した。15時50分空港到着。着いたとたん、また激しいスコール。そのおかげで、飛行機は少し遅れて18:00発コタキナバル19:00着。タクシーでキナバル・ダヤ・ホテルへ(RM12)、8時前だったので夕食を食べにすぐ街へ出た。この辺りは市内の北東の端になる。近くのNAMHINGという中華料理屋でヌードルスープつまりラーメン(RM4.5)とビール(RM14)を注文した。昼がご馳走だったので腹があまり減っていない。この店ははやっていたが、味はいまいち。ビールが高すぎる。それで、コンビニで缶ビール(RM5.8)を買って帰ってシャワーのあと部屋で飲んだ。

4/2(金)
 6時半に目が覚めた。8時になったのでマヌカン島やサピ島行きの船が出ている船着場へ行ってみる。すぐに若いにいちゃんが声をかけてきた。まず朝飯を食えるとこはないかと聞くと横の大きなビルの二階の食堂に案内してくれた。菊花茶というお茶を飲んだが不思議な味だった。サピ島への往復はRM50という。ちょっと高い気もしたがボートに乗る。中国人の若者がいっぱい乗っていた。一人が日本語で「こんにちは」としゃべってきた。何で日本人と分かるのだろう。

船頭の少年.JPG (16431 バイト) ボートのにいちゃんとその弟

 サピ島には9時前に着いた。1時に迎えに来るよう頼んで泳ぎに行く。水は澄んでいて砂も白くきれい。
 人のいない所へ行き服を脱いで日焼け止めを塗りTシャツに柄のパンツ、地下足袋に水中目がねをつけ、持ってきた浮き袋を膨らませて海に出た。きれいな珊瑚はあまりない。ところどころにあるという感じ。ここのサンゴは石垣島の白保には負けるが、沖縄本島よりまし。でも熱帯魚はいっぱいいた。サピ島はカヌーやらダイビングなどいろいろ面白い遊びができるところだ。日差しはきつい。
 焼き鳥のいい匂いがしてきたので、昼飯を食べに行った。バイキング形式でステーキ、焼き鳥、エビ・魚料理にピラフ、寿司まである。もちろんデザートも飲み物も。食べ放題でRM35だった。焼き鳥がうまかった。向かいの売店でおばちゃんがやしの実を売っていた。

サピ島桟橋.JPG (15035 バイト) サピ島桟橋

 1時になっても迎えがこない。いらいらして待っていると1時半にやっと来た。怒ろうかと思ったが、「Sorry」というので許してやった。途中彼は自分の家によってお父さんを乗せた。彼の家はガヤ島の不法滞在者の水上集落だった。いかにも貧しい家だったので、怒りはすっかりおさまってしまった。

水上集落.JPG (17341 バイト) 水上集落、少年の家

 船着場の横に大きなショッピングセンター(Wisma Merdeka Gaya Centre)があったので土産物を買いに入った。さそりの大きな標本をRM29で、竹で作った風鈴をRM23で買った。また、その横にある古い商店街で一人用の蚊帳をRM18.9で買った。蚊帳は日本では手に入らないので。これは今後の旅行用。この商店街周辺にはいたるところに警官が立っていて目を光らせていた。
 朝ホテルを出るとき事情(飛行機の出発が夜)を話し、夕方までノーチャージで部屋を使わせてくれることになっていたので、ゆっくりシャワーを浴び着替えてから飛行場に行った。
 4時にホテルを出て、タクシーで空港へ(RM12)。飛行機では通路側の席が確保できた。
コタキナバル空港では日本人は少なかったが、クアラルンプールから関空までの飛行機は日本人でいっぱいだった。クアラルンプールの空港は新しく広く近代的でびっくりした。
 4/3早朝7時に予定どおり帰国。飛行機から降りたって、乗客からいっせいに「さむー」という声があがった。関空は7℃だった。

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