ダナンバレー 2006/8/1〜2006/08/13 No1

(0)はじめに
この4月から理研・脳科学総合研究センターの生物言語研究チーム(岡ノ谷一夫:チームリーダー)の一員に客員研究員として加えてもらって、本格的にテナガザルの音声について研究することになった。私がめざしているのは、野生での行動文脈の明らかな音声データをたくさん収集し、それを比較・分析することによってテナガザル音声の秘密にせまること、さらに歌う類人猿であるテナガザルと言葉をしゃべるヒトとを比較することによって、言語の起源という難解なテーマにせまりたいということだ。
今回がボルネオ訪問15回目、ダナンバレー(BRL:Borneo Rainforest Lodge)へは13回目(全日・追跡日数は62日)となった。今回もジスコに旅行の手配をお願いした。ジスコには旅行の手配だけでなく、現地での調査許可申請や共同研究者の選定などにも大変お世話になっている。ジスコ社長の野村さんをはじめ社員の皆様方には、この場を借りて厚くお礼を申し上げる。

さて、BRLには9泊したが、初日と最終日は調査できないので実質的な滞在は8日間だった。
乾季にもかかわらず、今回の調査中、よく雨が降った。もともとボルネオには、はっきりした雨季乾季の区別はないが、今年の8月上旬は雨が多かった。。調査中に激しい風雨に2度遭遇し、一度は見失ったがすぐ発見し、1週間連続的に追跡しながら音声データを取るという目的は達成された。なお、シギュー(父):年齢不詳、シウンド(姉):7歳5ヶ月齢、シクサイ(弟):5歳5ヶ月齢。

(1)行動の軌跡
1週間の軌跡を図示すると下のようになった。



(2)周辺でのコール開始・行動終了時刻
行動開始時刻(起床後動き始めた時刻)は正確に記録することが難しい。それで、周辺から最初にコールが聞こえた時刻(起床した時刻に近いと思われる)を記録している。行動終了時刻が乾季としては40分ほど早かった。これが雨量と関係しているのか果実の生産量と関係しているのか、それとも両方なのか検討課題である。

周辺でのコール開始時刻 行動終了時刻
8月3日 5時39分 14時33分
8月4日 5時15分
8月5日 コールなし 14時31分
8月6日 5時21分 14時19分
8月7日 5時25分 13時50分
8月8日 6時00分 14時30分
8月9日 5時24分 13時45分
8月10日 5時17分
平均 5時29分 14時13分

(3)コールのまとめ
雄が夜明け前後にうたうモーニングコールは8日間で6回あった。今回初めて、5歳5ヶ月齢のシクサイがモーニングコールするのを観察することができた。8月9日の*印のコールはデュエットソングを示す。
こうしてみると、決まった時刻に同じ時間の歌をうたっているわけではないことがわかる。また、歌そのものも変化に富んでいる。8/3〜8/9の1週間に歌ったシギューのコール時間の総計187分に対して、シウンドは69分、シクサイは11分だった。テナガザルにおいては大人雄のコールが長い(それだけでなく、複雑でもある)。性淘汰の観点からみると、面白い事実だと思われる。

シギュー シギュー シギュー シクサイ シウンド シウンド シウンド シウンド
天気 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 開始時刻 終了時刻 備考
8月3日 曇り 6:02 6:16 14 14:16 14:30 14 6:50 7:06 16 月齢8.9
8月4日 5:37 6:02 25 5:44 5:55 11 6:00 6:01 1 6:57 7:02 5
8月5日 霧? 10:12 10:20 8
8月6日 曇り 6:12 6:33 21 6:33 6:35 2 6:44 6:44
8月7日 曇り 5:47 6:07 20 6:17 6:20 3 5:56 5:57 1 7:50 7:52 2
8月8日 7:47 7:48 1 9:05 9:42 37 6:33 6:36 3 6:55 6:55 6:58 7:01 3 7:27 7:45 18
8月9日 晴れ 5:43 6:25 42 11:32* 11:42 10 11:32* 11:42 10 満月
8月10日 晴れ 5:27 5:32 5 5:51 6:10 19

(4)移動順序
41回カウントしたうちで、先頭をシギューを行くことがやや多かった。先頭をお父さんが行き、中間を弟、最後はお姉さんが行くというパターンが多かったことになる。ま、想定できる順序ではある。

シギュー シウンド シクサイ
先頭 24 10 7
中間 7 13 21
最後 10 18 13

(5)活動時間配分
例年の乾季と大きくは違わない。
singing:2.5%、feeding:26.5%、moving:33.8%(うちplaying:2.3%)、resting:7.1%、grooming:3.2%、unknown:26.9%。
feedingのうち、果実と葉の割合を出してみたらほぼ5:4(果実:葉)だった。食べている時間は同じくらいだが、エネルギー的には果実への依存度の方が高いだろう。



ダナンバレー 2006/8/1〜2006/08/13 No2

(6)果実の位置と寝場所の位置
ロッジの前と縄張り北部で寝たが、東部では寝ていない。



果実1〜6の写真を下記に示す。
1と2は過去にAlangium javanicumとしていた赤い実だが、金森・久世さんたちのアシスタントに聞くとTerminalia citrimaではないかということだった。しかし、ガイドのPalinはLeguminuceae pterussmunだと言った。真相はわからない。植物の名前は難しい。3〜5はFigで、6,7はたぶんAlangium。

 1と2

 3

 4

 5

 6

 7

(7)グルーミング
野生では、オスからメスへのグルーミングが多く、これはオスによる配偶者防衛を示すという報告がある。それを検証するためにグルーミングについても細かく観察してみた。

8月9日(水)11:52〜12:14までの22分間、ネイチャートレイルで観察した。ビデオカメラの望遠レンズの性能がいまいちなため後からビデオ画像を見ながら記載するのには無理があるので、双眼鏡で見ながら直接ノートに記載した。
シギュー(父:年齢不詳)、シウンド(姉:推定で7歳5ヶ月齢)、シクサイ(弟:推定で5歳5ヶ月齢)。
シギューとシクサイが同じ木の枝に接近して座っていて、シウンドはその上の枝に離れて座っているという状況でグルーミングが始まった。

11:52、シクサイがシギューの背中をグルーミング。
11:55、シギューはごろんとうつ伏せになってさらにグルーミングをせがむ、それでシクサイがシギューをグルーミング。
11:57、シクサイが上の枝に座っているシウンドの所へ行き背中を向けてグルーミングをせがむ、それでシウンドがシクサイをグルーミング。
12:01、シクサイはシギューの所へ戻ってきて、仰向けに寝ころんでグルーミングをせがむ。それでシギューがシクサイをグルーミング
12:02、今度はシギューがうつ伏せに寝ころんでシクサイにグルーミングをせがむ、それでシクサイがシギューをグルーミング。
12:04、シクサイがうつ伏せに寝ころんでシギューにグルーミングをせがむ、それでシギューがシクサイをグルーミング。この時、シウンドはセルフグルーミング。
12:05、シギューがシウンドの所へ行き、背中を向けてグルーミングをせがむ、それで、シウンドがシギューをグルーミング。
12:06、シギューがシウンドをグルーミング。
12:07、シギューはシクサイの所へ戻り、シクサイにグルーミングしてもらう。
12:09、シウンドがシギュー・シクサイの所へ来て3人が一緒になる。そこで、シウンドがシクサイをグルーミングしたが、途中からシギューもそれに加わる。
12:12、シクサイが横へ移動して離れる。すると、シウンドが寝ころんだのでシギューがシウンドをグルーミング。すぐに今度はシギューが寝ころんでシウンドがシギューをグルーミング。
12:13、そこへシクサイが戻ってきて3人一緒になりシウンドがシクサイをグルーミング。この時シギューはセルフグルーミング。
12:14、シギューはその場を離れ移動する。続いてシクサイも離れ、グルーミングは終了。

まとめると、個体間で頻繁にグルーミングの方向性が変動した。シクサイはシウンドに一度もグルーミングしなかった(別の場面では観察している)が、それを除くと家族内の個体間でグルーミングに方向性はなく交互にグルーミングしていた。これはグルーミングをコミュニケーションの一種であるという観点からみると、重要な事実だと思われる。つまり、頻繁にやりとりをするサルであるということ。
シギュー→シウンドは2回、シウンド→シギューは2回
シギュー→シクサイは3回、シクサイ→シギューは4回
シウンド→シクサイは3回、シクサイ→シウンドは0回

配偶者間のグルーミングではないので、なんとも言えないが、性別にまとめると以下のようになる。
オス→メス:2回
メス→オス:5回
オス→オス:7回

(8)道具使用の前駆的な行動
8月5日(土)の10:42での観察。
シギューが木の枝を左手で折って、それを右手に持ちかえ、下にいるシクサイに差し出し、その直後に振り回してポイと投げた。これまで60日あまり追いかけた中で、木の枝を折ってそれを使って何かをするというシーンは一度も見たことがなかった。

 枝を折る場面

その場面の前には、二人は追いかけっこをしていた。追いかけられたシクサイが逃げようとして掴んだ枝が折れて下の茂みに落ちた。それを助けるためにシギューが木の枝を使ったように見えた。しかし、この場面を何人かの方に見てもらったが「?」という感想だった。ただ、木の枝を放り投げた直後のシーンで、シギューはシクサイに手を伸ばしてシクサイを引っ張り上げたので、木の枝に掴まれよという意図をもった行動だったと言えないことはない。
これは道具使用の前駆的な行動と言えるのではないかと考えている。こうした紛らわしい境界線上(道具使用かどうかの)の行動が見られるところがテナガザルの魅力と言えるかもしれない。ビデオ撮影しているので、どこかで公表して意見を聞きたいと考えている。

(9)グレートコールのデュエット
ダナムバレーのBRL周辺を縄張りにしているSAPAファミリーの大人雌(シカサン)は2005年4月から行方不明になっている。そのため雌はシウンドという7歳5ヶ月齢の娘だけになってしまった。
グレートコールは雌だけが歌うことになっているのに、2006年08月03日朝7時のデュエットソングにおいてグレートコールを重ねて歌うのが観察された。そのソナグラム↓。



雌のシウンド以外には、父のシギューと弟のシクサイと雄しかいない。アジルテナガザルの飼育下での観察(打越、2006)で、雄の子ども(5歳)がグレートコールするという事例が報告されているので、おそらくシクサイが歌ったものと考えられる。

(10)シクサイのコール
8月4日(金)05:44〜05:55までシクサイがお父さんのそばでコールした。このコールはシギューがコールしている最中に挿入された。鳴き交わしのように交互に歌ったが、お父さんの声に習ってオスのコールの練習をしているように感じられた。音素数が少なくフレーズ時間の短いコールだった。

(11)糞
糞を見ると何を食べたのかがよく分かる。植物繊維や種子が見えている。
ウンチの場面は真下で見ているので、誰のウンチか個体識別できている。将来はDNA分析用のサンプルとして採取できるだろう。

 8月4日、08:08

 8月5日、12:59

 8月7日、09:01

(12)シウンドが3mの至近距離まで近づいてきた
2001年8月から追いかけてきて、テナガザルがこちらを覗きに下りてきたことは何度かあったが、それは10数mの距離までだった。今回初めて3mの至近距離まで近づいてきてくれた。
8月3日(木)10:24、森の中でシウンドがこちらに接近してきて、じっと顔を見つめ合うことができた。5年目にして初めて野生の個体に認めてもらったような気がして、これで野生テナガザル研究者として一人前になれたかなあという実感が湧いてきた。

 シウンド

(13)テナガザルの写真
木登り(上がシウンド、下がシクサイ)。



雨の中でじっとしている。シギューとシクサイ。



休息中のシギューとシクサイ(右)



(14)コタキナバルで
8月11日(金)朝07:30ダナムバレーを出て、11:15発の飛行機でKKへ。
夜はタイ料理店・TAM NAK THAIへ。センターポイントから空港方面に少し歩いたアピアピセンター1階にある。グリーンカレーを注文。パイナップルの中に炒めたライスが入っていた。これはうまいです。

 グリーンカレー

次回は、年末に行く予定。

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