アメリカ・カナダ旅行

日程(1998年8月6日〜8月22日)


8/6 関空17:15発エアカナダ便でバンクーバー(カナダ、以下カとする)10:25着。乗り換えてポートランド13:49着。ポートランドのすぐ北にあ

   るバンクーバー(アメリカ、以下アとする)泊。

8/7 シアトルの南東、レーニエ山麓のB&B泊。

8/8 レーニエ山の見学、コロンビア玄武岩の見学。同B&B泊。

8/9 バンクーバーへの帰路、セントヘレンズ山の見学(ジョンストンリッジまで)。バンクーバー(ア)泊。

8/10 セントヘレンズ山の東側(ウインデイリッジまで)の見学。バンクーバー(ア)泊。

8/11 ポートランド10:05発バンクーバー(カ)11:30着。悦子と合流。バンクーバー(カ)泊。

8/12 バンクーバー9:00発カルガリー11:15着。レンタカーでバンフへ。バンフ泊。

8/13 アイスフィールドパークウエイを通って、途中、ハイキングをして、ジャスパー泊。

8/14 コロンビア氷河などを見学して、レイクルイーズ泊。

8/15 近くの山(Fairview Mountain)に登る。レイクルイーズ泊。

8/16 カルガリー東のバッドランドへ、ドラムヘラー泊。

8/17 ドラムヘラーの恐竜博物館を見学後、カルガリー泊。

8/18 カルガリー10:00発、トロント15:35着。トロント泊。

8/19 AET(英語助手)・サリーナと出会いトロント大学を案内してもらう。夜、「オペラ座の怪人」観賞。トロント泊。

8/20 買い物、スカイドームでアメフット見学。トロント泊。

8/21 トロント9:45発バンクーバー乗換え、翌22日、関空15:15着。


旅行の記録

(アメリカ編)

8月6日

 8月6日発のエアカナダ890便はほぼ満席だった。関空のチェックインカウンターでリコンファームについて質問したら、エアカナダは不要ということだった。今回の旅行の目的は、アメリカのカスケード火山観測所(西海岸・ポートランドのちょっと北のバンクーバーにある。カナダのバンクーバーとは名は同じだが違う町)に研修に行っている信州大の三宅さんにセントヘレンズ山、レーニエ山、コロンビア玄武岩などを案内してもらおうということだった。でもせっかくアメリカへ行くのなら、ついでに近くのカナダまで足を伸ばし、ロッキー山脈、恐竜化石のでるドラムへラー、トロントなども見ておこうと約2週間の日程を組んでみた。

 飛行機は夕方関空を出て、約9時間半かかってバンクーバーに着いた。グループは私と大学二年の息子、福知山高の小滝さんの3名。大阪市大の古山さんとはポートランドで合流、私の妻は後日カナダ・バンクーバーで合流の予定。もちろん例によってツアーではない。ただ、むこうでの宿とレンタカーは予約していった。レンタカーは日本で予約した方が安い。途中、機内で映画「タイタニック」が上映され、つい見てしまうとやめられなくなり、長い映画だったので完全に寝不足になった。こういう遭難の映画は寝る時間に、しかも飛行機の中ではやめてほしい。時差の関係で、日本を6日の夕方5時すぎに出たのに、着いたのは同じ6日の午前10時半だった。すぐアメリカのポートランド行きアラスカ航空2291便小型機に乗り換えた。しかし、なぜか飛行機のマークはHorizon Airだった。途中、レーニエ山とセントヘレンズ山が眼下に望め、その迫力ある姿に圧倒された。飛行機は午後2時前に無事着陸した。カナダからアメリカのポートランド空港に下りたって最初に感じたのは、太目のおねえさんが増えたことだ。甘いものの食べ過ぎだろう。ポートランド空港は国際空港にしては、少し田舎くさかった。先にアメリカに出発していた古山さんと現地在住の三宅さんが待っていてくれ、すぐ三宅さんの車に同乗してターミナルからかなり離れているレンタカー事務所に向かった。車はワゴン車の新車。

 三宅さんが手配してくれていた宿は、ポートランドのすぐ北にあるバンクーバーの”Extended Stay America”というモーテルだった。一泊二人で70ドル、部屋に自炊施設(電熱器、コーヒーメーカー、食器洗い機、食器など)が完備していた。新しい建物で感じがよかった。すぐ近くにFred Meyerという大きなスーパーやレストラン、すし屋などがあり便利だ。この時は1ドル140円の円安だったが、1ドル100円くらいなら、この手の宿で自炊しながら旅行すると安くあがるだろう。キングサイズの大きなベッドに息子と二人寝た。

8月7日

 三宅さん一族の車二台とわれわれのワゴンの計3台で、レーニエ山に向かった。高速道路は無料。3車線あって走りやすい。レーニエ山は標高4392mの火山で国立公園の中にある。円錐形の美しい山だ。国立公園内の宿はすくなく、夏は混んでいるため、Ashfordというふもとの町のMountain Meadows というBBBedBreakfastつきの民宿風の宿)だった。針葉樹の森の中にあるすてきな宿だ。ここの部屋も自炊設備がある。大きな電気のオーブンがあるので、じゃがいもを焼いて飯代わりにした。近くのガソリンスタンド併設の小さなスーパーに酒も売っていた。

マウンテンメドウ.JPG (23418 バイト) Mountain Meadowsの玄関

 夜は庭でマシュマロパーティーがあった。この宿では毎夜たきぎを囲んで、焼いたマシュマロ(甘すぎて食えたものではないが)を食べながら談話と交流の時間をつくっている。宿を経営している夫婦の発想らしい。ここにニューヨークから来ていた母子ずれの二人がいて、その息子は何でも空手をやっていて、“大山でしまる?”とかいう聞いたこともない日本の空手家の本を持っていた。見てみると、“道”とは何かなどと、何やらあやしげな中身のことが書いてあった。こんな本でもアメリカでは売れるのかと不思議な気持ちになった。日本のことがどれくらい正しくアメリカ人に紹介され理解されているか、あやしいものだと感じる。

8月8日

 豪華な朝食をいただいたあと、この日はレーニエ山の中腹まで登り、あと山を下って、東のYakimaの方まで足をのばしてコロンビア玄武岩の露頭を見ることにする。コロンビア玄武岩は1700万年から1200万年前のあいだに大量に流れ出た玄武岩で、このあたりの広い台地をかたちづくっている。途中の道沿いで見事な枕状溶岩を見学した。

枕状溶岩.JPG (23562 バイト) 見事な枕状溶岩を横から見たところ。断面は丸く、その直径は約1m

 引き返して、レーニエ山にもどり、その辺を歩いてみる。少し盛りを過ぎているようだが見事なお花畑がある。氷河の近くへ行こうとしたが、道が入り組んでいて迷ってしまい行けなかった。ビジターセンターで展示を見て土産に帽子を買う。展示によると、レーニエ山では噴火に伴う氷河の雪解け水で将来泥流が引き起こされるおそれがあるということだった。Decade Volcanoという言葉もはじめて聞いた。
  宿に帰って、辺りをジョギングした。のどかでいいところだ。しかし、小滝さんは近くのガソリンスタンドでなぐりあいのけんかを見たそうだ。
  夕食は近くのレストランに行く。ステーキはそれほどでもないが、チキンはばかでかい。とても食いきれそうにない。

8月9日

 この日は宿を出て、セントヘレンズ山へ向かう。この山がアメリカ行き一番の目的地だ。19805月に大噴火を起こし、山体が大きく崩れ落ちたことで有名な火山だ。西側から谷沿いに近づいていく。入り口のビジターセンターで案内書を買い、レンジャーの解説を聞く。ここのレンジャーは若い人が多く、熱心に説明してくれる。聞くとほぼ全員ボランティアだそうだ。日本では考えにくいことだ。

 山に近づくにつれ、火砕流の大規模な被害…サージ(高温の熱風)によって植物がなぎ倒されあたり一面禿山になっている…が目に飛びこんでくる。谷沿いには流れ山(ハンモック)もたくさん見える。この地域はサージで全滅した植物がどのように再生するか実験が行われているため、立ち入り禁止区域になっている。進入すれば罰金という看板が立っているぐらいだ。

流れ山.JPG (21192 バイト) セントヘレンズ1980/5の大噴火に伴う山体崩壊で運ばれてきた流れ山

 ジョンストンリッジまで道が通じている。このリッジで観測していたジョンストンが火砕流で亡くなったためにその名がつけられた。彼は噴火を目の前で見、最後の無線で“This is it.”と叫んで亡くなったという話が残されている。これを日本語で言えば、“これがあの火砕流だ”となるだろうか。

 夜、宿の前にあるファミリーレストランに行ったが、酒類がメニューになかった。また、味も量もいま一、いやいま二。日本のファミレスと同じだ、というよりこれをまねて日本のファミレスができたのだろう。

8月10日

 今日はセントヘレンズの東側を見に行く。まず、南にあるエイプ・ケイブという溶岩トンネルを見学する。ここの溶岩の噴出年代はおよそ2000年前。懐中電灯を持っている団体について歩くと、ここでもボランティアのおねえさんが一生懸命説明していた。ここの溶岩トンネルはハワイのThurston Lava Tubeよりはるかに迫力がある。ウィンディリッジから見たセントヘレンズ溶岩ドームはすごい。ものすごく雄大な景色だ。ここは名前の通り風がきつい。ここでもボランティアの若者が写真パネルを使ってセントヘレンズの噴火の経過を説明していた。観客を笑わせながらうまく説明している。

ウインディリッジ.JPG (24276 バイト) ウィンディリッジで撮影。営林署職員(たぶんボランティア)の熱心な説明風景

 朝、スーパーで買ってきた昼食用のサンドイッチとメロンがおいしい。アメリカでは果物が安く味もいい。みかん、すいか、ぶどうにメロンなど、なんでもうまい。
  道沿いに、噴火による火砕流堆積物を観察しながら帰途につく。もう18年も経過しているので表面がくずれていて、典型的な堆積構造がうまく見えない。

 夜遅く、バンクーバーのモーテルに帰りついた。近くの日本人経営の寿司屋に行く。マスターは鳥取県大山の出身。久しぶりに味噌汁を味わった。寿司はネタが大きくてなかなかうまい。カリフォルニア巻きなどというのもあった。なかにアボガドが巻いてあって表面にごまがまぶしてある。ここで、三宅さんとお別れする。

            カナダ編 その1

8月11日

 宿を後にしてポートランド空港に向かう。レンタカーを返すのは簡単だ。駐車場に職員がいて、カードを見せればその場でレシートをくれて、それで終わり。空港職員の女性がみんなひどく太め。空港内で軽食をとり、ここで帰国する古山さんと別れ、カナダのバンクーバーに向けて飛行機に乗り込む。ところが、私の席にすでに人が座っている。こういう時にはとっさに英語が出てこない。私のチケットを見せると彼も見せてくれた。何と同じ座席番号だ。オーバーブッキングにはじめて直面した。もし下りろといわれたらどうしようと、びっくりしてスチュワーデスに“same number”と叫んだら、OK、どこでも空いているところに座れ、という。スチュワーデスはいかにもヤンキーねえちゃんといった感じの大柄で強そうなおねえさんだった。心細い気持ちのまま、出発を待った。私の座った座席のナンバーの客が来たが、おねえさんがあいた席へ行けと言ってくれた。これは事実上自由席だ。幸い満席でもあぶれる人はなく、飛び立ってほっとする。地方線では、指定席でも早く乗って、自分の席を確保しないといけないと感じた。

 カナダのバンクーバー空港で日本からすでに到着していた家内と小滝さんの奥さんに無事合流した。アメリカからカナダに入って感じたのは、あの太いおねえさんがいないということだった。カナダは禁煙がきびしく、酒もスーパーでは売ってない。どこか、禁欲的な雰囲気がある。

 宿はダウンタウンの中心に近いBARCLAY HOTEL。 荷物を置いて、市内を歩いてみる。日本人が多い。日本語の看板もある。バスは何となく乗りにくいので、街を歩いてガスタウンまで行って、地下鉄で帰ってきた。息子はどこかへ出て行って、よる遅く帰ってきた。聞くとそう治安の心配はなさそうだ。

8月12日 

 翌朝、寝坊して急いで飛び起き、予約していたリムジンで空港へ向かった。

バンクーバーの空港を9時に出発して、カルガリーには11時すぎに着いた。カルガリー空港では空港内にレンタカー会社のカウンターがあり、そこでキーを受け取れすぐ車に乗れるので便利だ。ここで、小滝夫妻と別れ、別行動になる。

カルガリー平坦道.JPG (4205 バイト) 平原の直線道

 カルガリーの町は平原の中にあり、すぐ近くにロッキー山脈があるようにはとても見えない。平坦などこまでも直線の高速道路を走っていくと、ようやく遠くに山並みが見えてきた。道路は片側2車線で広く、しかもその両側が広々としているので走りやすい。車は昼間でもライトを照らしている。平坦な草原と思っていたが、注意して見るとすこしアップダウンがある。ヨーロッパのドイツあたりの平原と似ている。ドラムリンという氷河地形だ。ほどなく、山の中に入ってくると、針葉樹林が見えてき、山も地層がはっきり見えるようになってきた。

 バンフは大きな観光地で宿も多く、繁華街もにぎやかだ。レストランや土産物屋が立ち並んでいる。
  宿はCHARLTON'S EVERGREEN COURT というしゃれたホテルだった。車が部屋の横につけられ、上等のモーテルといった感じのホテルだ。プールとミストサウナを取り囲むように部屋が並んでいる。部屋には台所がつき、電熱器、食器洗い機などがそろっていて、自炊できる。街の中には大きなスーパーがあって、そこでたいていのものがそろうので、安上がりだ。

8月13日

 アイスフィールド・パークウエイをジャスパーに向かって走る。約300kmのロングドライブ。車も少なくゆったりと快適にドライブができ、天気がいいので景色もすばらしい。次から次へと、きれいな湖、針葉樹林、堆積岩でできた山があらわれ、あきることがない。それに途中に店もガソリンスタンドも何もないというのがいい。さすがカナダとほめたくなる。ここが日本なら、ジュースの自動販売機やドライブインが乱立するだけでなく、山の中に意味のない林道がはりめぐらされ、景観もだいなしになっていることだろう。ほぼ中間点のコロンビア・アイスフィールドには昼過ぎに着いた。ここのビジターセンターの見学は帰りにして、近くのウィルコックス・パスへ出かける。ここからは、谷をはさんでコロンビア氷原の末端、アサバスカ氷河が正面に見渡せる。道路沿いの駐車場に車を置いて、太い針葉樹の樹林帯をぬけると、氷河の雄大な景色があらわれた。末端モレーンやサイドモレーンなどが観察できる。近くをリスがかけまわり、角が大きく湾曲したビッグホーン・シープが草を食べている。ヨーロッパアルプスと似ているが、どこか違う。ヨーロッパでは人が放牧した羊がいるが、ここには野生動物がいて、より強く自然を感じる。足もとの岩石は石灰岩で、巣穴らしき化石がいっぱい表面にでていた。

ビッグホーン羊.JPG (10656 バイト) ビッグホーンシープ

 下山後、一路ジャスパーに向かう。ジャスパーの街はバンフのような華やかさはない。しかし落ち着いた保養地といった雰囲気が感じられる。汽車の駅が街の中心にある。宿は街外れのMARMOT LODGE。ここにもプールがある。夕食後、歩いて街まで行き、土産物やワインを買う。カナダではスーパーで酒類を売っていない。リカーショップを見つけるのに一苦労だ。

8月14日

 ジャスパーのインフォメーションはまわりを花で飾ったおしゃれな建物だった。ここで地質図、地質解説書、氷河地形についての専門書を売っていた。それによると、ロッキー山脈は中古生代の古い堆積岩からなる。

 有名なジャスパー・パークロッジへ行ってみる。青く澄んだきれいな氷河湖の横にあり、この宿自体が観光スポットになっている。趣のある本館の地下にはしゃれた土産物屋があり、金ピカの大きなアンモナイトが置いてあった。

 今日はここからアイスフィールドパークウェイをレイクルイーズまで戻る予定だ。ただドライブするだけではもったいないので、ガイドブック(カナディアンロッキーハイキング:山と渓谷社)で手頃なハイキングコースをさがして、小さな氷河の末端を見に行くことにした。それはジャスパーから少し南に下がったところにあるマウント・エディス・キャベルの麓にあるエンジェル氷河で、岩壁に垂れ下がった氷河の末端とその下にある小さな氷河湖が美しい。湖には氷の塊が浮かんでいる。地質解説書によるとこのあたりを構成している堆積岩の年代は5億7千万年で、それが海面上に隆起したのが1億年前。陸化後の水の侵食と200万年前から覆いはじめた氷河の侵食によって現在の姿になり、現在もその侵食は進行している。つまり、ロッキーの岩石は数億年と古く、山の形成は1億年で、現在の地形は極めて新しいということだ。

U字谷.JPG (8699 バイト) エンジェル氷河の麓から見たU字谷

 コロンビア・アイスフィールドは北半球では北極を除いて最大の規模をもつ。ここのビジターセンターは大きく立派だが、観光客が多く混んでいて、展示もたいしたことはない。自分の目で氷河をみる方がよい。ここではコロンビア・アイスフィールドから舌状にたれさがるアサバスカ氷河が見られる。

 ジャスパーで買った説明書によると、ロッキー山脈の氷河期は24万年前のIllinoianからはじまり、その後4つのStage(氷河の進出)があった。Early Wisconsinan(75000年前)、Late Wisconsinan(20000年前)、Crowfoot(11000年前)、Cavell(750年前)の4つ。最初のIllinoian時代の氷河が最大で、当時全カナダとアメリカ北部が覆われていた。ロッキーでは厚さは3100mに達し、高い山の頂上だけが氷河から顔をのぞかせていたという。この氷の重みで北アメリカ大陸は約70m押し下げられていた。

アサバスカ氷河.JPG (6214 バイト) アサバスカ氷河

 現在、地球温暖化によりアサバスカ氷河は1840年以降年々交代している。氷河の上へ行く雪上車ツアーは大人気で、順番待ちができていた。軽く軽食をとっただけで出発。

 レイクルイーズはこじんまりした村で、村の中心の駐車場を囲むように店が並んでいる。街はこれだけ。その店もスーパー、酒屋、パン屋に土産物屋が少しあるだけ。あとは宿が森の中に点在している。泊まったLAKE LOUISE INNは街の中心に近い森の中にある。部屋には暖炉、キッチンがついている。外は林で、見ればリスが走り回っている。静かないい宿だった。ここのプールは塩素くさかった。ロッキーの宿の中では一番安かったが、印象の一番残った宿だった。

8月15日

 シャトー・レイクルイーズは古風で大きなホテルだ。エメラルドグリーンの氷河湖のほとりにあって観光コースの一つになっている。中に入ると古く荘厳な雰囲気が感じられる。湖を周回するコースを歩いてみる。右手の方は人が多いが、左手のコースは少なそうなのでそちらに行ってみる。ちょっと山に入ると、森の中だ。くまに注意、という看板が出ている。カナダのくまはグリズリーといってヒグマなみに大きな熊だ。

 森の中から、湖のほとりに建つシャトー・レイクルイーズが幻想的にみえた。その後、FairView Mountainという山に登ってみた。2744mの低い山だが独立峰なので、まわりの氷河や山並みが一望できた。とにかく山のスケールが大きい。森林の中を長い長い貨物列車が汽笛を鳴らしながら、おもちゃのように走っているのが見える。
 山道で人と挨拶するのは日本と同じ。ハーイ、という挨拶が多い。麓に下りて、人が増えると挨拶しなくなるのも日本と同じだ。

 下山後、レイクルイーズのビジターセンターへ行った。アメリカでもカナダでも観光地には必ずビジターセンターがあって、しかもその展示が充実しているのに感心する。ここでは、ロッキー山脈の成り立ちを説明した自作ビデオの上映、縦横10mはある化石入り巨大岩石のはぎとり展示、同じく縦横10mはある氷河性擦痕のついた岩石の展示が目を引いた。大きな三葉虫がごろごろ入っている。地質屋さんにはおすすめのビジターセンターだった。

 夕食はスーパーに買い物に行き、宿で自炊した。メニューはステーキにマカロニのミートソース、じゃがいものオーブン焼き。大きな食器洗い機があるので片づけが簡単だ。

 なお、夏のバンフからジャスパーにかけてのロッキー山脈の宿は、日本で予約しておかないと泊まれない可能性が高い。

カナダ編 その2

8月16日

レイクルイーズ林.JPG (7554 バイト) レイクルイーズの森

 この日は移動日。レイクルイーズからカルガリー北東のドラムヘラーまで。途中、休憩を兼ねてバンフによってみる。無料駐車場は街のすぐ近くにあり、まわりは芝生の公園になっている。若いヒッピー風の男たちが何故か大きな犬を連れて芝生に寝そべっている。
 この街はあいかわらず人が多い。土産物屋がいっぱいあるが、見るだけにする。いい木工品があるが、ここで荷物が増えるのはまずい。狼のTシャツだけにする。

 カルガリーに戻ってきた時がちょうど昼だったので、昼食をかね、道沿いの大きなスーパーに入ってみる。駐車場も店もばかでかい。中にセルフサービスのファーストフード店がいっぱいあった。中華料理店があったので、焼き飯とトリのから揚げを注文したら、たれはどれにするかと聞かれた。赤いたれが辛そうに見えたのでそれにすると、実際は強烈に甘く、料理はまあまあなのに、たれのおかげでまずいものになってしまった。ここは皮製品が安かった。アメリカ・カナダとも皮が安い。
 カルガリーは大平原のなかの街なので、一歩郊外に出ると、店がない。それで、みんな買い物の量がすごい。カートも日本のスーパーの倍はある。皆がいっぱい買うので、コーラ一本買うのにレジに並んだらずいぶん時間がかかった。

 カルガリーからドラムヘラーまで(約140km)は草原のなかのどこまでも真っ直ぐな直線道路を走った。地平線まで道が直線で続いている。草原は放牧地。隣の家まで10km以上はありそうだ。予約していたB/W JURASSIC INNはドラムヘラーの街のすぐ手前にあった。チェックインをすませてすぐ、目的のロイヤル・ティレル古生物博物館( http://www.tyrrellmuseum.com/ )に行ってみた。ここの夏の営業は、には朝9時から夜9時まで。この博物館の名前は1884年にJoseph Burr Tyrellがこの地域で、アルバートザウルスの頭骨の化石を初めて発見したことに由来している。博物館は街外れの小さな丘の上にあった。入り口には大きな恐竜模型が後ろ足一本で立っている。入場券は2日有効なのでとりあえず入って、翌日の1日発掘ツアー(Day Dig、大人85ドル)を予約して、宿に帰った。

 宿はできたばかりの新しい建物で、ここにも小さなプールがあった。それにトレーニングルームもついていたので、夜はルームランナーで1時間走ってみた。この宿にはファミリーレストランが横に併設されていたので、夕食でステーキを注文してみた。すると、ものすごい大きな肉が出てきた。しかも、安くてうまい。こちらに来る前は、アメリカ・カナダでは、肉が安くてうまいだろうと予想していたが、ステーキは高価だった。ここではじめてアメリカ大陸らしいステーキを食べた。今までは有名な観光地だったので物価が高かったのだろう。ここは恐竜化石で有名だが、ホントの田舎で、やっと最近人が訪れるようになった、という雰囲気の街だ。カルガリーから日帰りできるので、泊まる人は少ないのかもしれない。ダウンタウンも昔の西部劇に出てくる田舎街のようだ。スーパーが一軒ある。そこで、リカーショップの場所を尋ねたら、飲み屋風のきたない建物の中の一室にあった。看板が小さくてわかりにくく、酒の種類も少ない。カナダ人は酒がきらいなのだろうか。

8月17日

 朝8時半に博物館に行ったところ、すでに数人が集まっていた。しかし、館員の説明によると、先日の大雨で発掘現場がぬかるんでいて、今日は中止という話だった。みんながっかりして引き揚げた。仕方がないので、2時間の発掘現場見学ツアー(Dig Watch、大人12ドル)に参加することにした。これは、料金が安い。12時からのツアーに申し込んで、館内を見学した。

恐竜骨格標本.JPG (5735 バイト) 恐竜の骨格標本の展示 実物の骨でできている

 ここの展示もすごい。実物の化石で組み立てた恐竜骨格がいっぱい。骨にさわれるコーナーもある。ゆっくり見てまわれば、半日は充分かかる。ガラス越しに、化石のクリーニング作業が見えるようにしてある。これほどたくさんの恐竜化石を展示している博物館が他にあるのだろうかと、ふと考えた。たぶん、こちらにはあるんだろうな、と思う。日本の常識では考えられないスケールだ。日本とアメリカ・カナダ(西欧)では、文化に対する基本的な考え方、歴史が全然違うのではないか、とさえ感じる。日本は100年遅れているのではないか。こんな田舎の博物館でも大勢の人が訪れている。

 さて、化石発掘ツアーが出発した。黄色いスクールバスにいっぱいの人が乗り込んだ。案内者の博物館職員は、このツアーの最初から最後まで情熱的に説明し続けた。その熱心さには頭が下がる。窓から見える風景は、所々にこげ茶とうすい肌色の地層が交互に積み重なった断面がみえる荒地だ。このあたりをBad Landという。その名のとおり、作物はできそうにない。乾燥地帯のようだが、時折雨が降るのだろう。谷が削られてあちこちに地層断面が見えている。20分ほどで、発掘現場に着いた。最初に輪になって、どこから来たか、自己紹介。聞いて見ると、全米各地や、カナダ東部など、さまざまだった。アジアからは我々だけ。

day dig.JPG (10257 バイト) 発掘現場での説明風景

 恐竜の骨はしっかりと硬く重いのに、まわりの地層は風化してぼろぼろだ。化石が地表面に出ているのでこれなら取り出しやすいだろう。アルバータ大学の女子学生が一人発掘中で、我々に道具を見せながらやり方を説明してくれた。彼女もボランティアなのだろう。白亜紀と第三紀の境界はどこに見えるか、と質問したら、ここでは見えないということだった。

発掘現場.JPG (24769 バイト) このように骨が埋まっている 写真の横幅の長さ約1.5m

 実際に地層や発掘の現場に行けるので、Day Digに参加しなくてもこのツアーで充分だった。
 満足して博物館を後にし、ドラムヘラーの街に恐竜化石を買いにいった。街はずれの道ぶちにあったThe Fossil Shopの化石は小さく上品に磨いてあるものが多く、専門家でない観光客には手頃で喜ばれそうだ。街の中にあるDrumheller Dinosaur & Fossil Museumで売っていた化石は縦20cm10cm厚さ10cmもある楕円形をした骨が何と20ドルで、我々にはこちらの方が価値がある。大きくて重たいので持って帰るのが大変だ。売っている化石はDuck-bill(カモ竜)の骨だった。博物館では化石を売っていないので、この2軒の店で手に入れるしかない。

 ドラムヘラーを後にして、一路カルガリーに向かう。宿はカルガリーの街の南よりにあるHOLIDAY INN CALGARY DOWNTOWN 。近くのスーパーに食料を買いに行く。すると交差点にある電話ボックスのガラスが粉々に割られている。そういえばカルガリーは治安が悪いと何かの雑誌に書いてあったのを思い出した。街の人通りが少ない。近くに店を探すのがめんどくさくなって、スーパーの惣菜売り場で各種おかずを買ってホテルで食べた。店員の若いにいちゃんは親切だった。いろいろ試食させてくれた。

8月18日

 カルガリー空港のレンタカーを返すところはかなり混雑していた。レンタカーを返して、トロント行きの飛行機に乗った。機内でビールを注文したら有料だったのでやめた。

 トロントに着き、時計を見たら赤毛のアンで有名なシャーロットタウンに行っていた小滝夫妻が到着する時刻が迫っていたので、荷物を受け取る場所で待った。飛行機は少し遅れて到着した。合流してトロント市街の中心地まで、一台のタクシーで行った。空港からホテルまでかなり距離がある。
 TORONTO COLONY HOTEL は中心街にあった。イートン・センター(繁華街)がすぐ近くにある。ホテルから、かみさんが勤めている養護学校のAET(英語助手)・サリーナにTELし、翌日ホテルで出会う約束をする。

 トロントの街にはホームレスが多い。ビルの奥まったへこみにダンボールをしいて寝ている。まちかどでは小銭入れ用に帽子を持って立っている。でも治安は悪くなさそう。夜一人歩きをしても大丈夫。

8月19日

 サリーナと妹のエイドリアンが車でホテルに来てくれ、いっしょに昼食にユニオン駅東のMarcheという店へ連れていってくれた。そこは大きな店で、色々な料理を自由に選んで皿にとって食べるシステムになっていた。中華料理に寿司もある。昼食後、彼女の母校であるトロント大学の構内を案内してもらった。広い芝生のグランドの横に本館が立っていた。

トロント大.JPG (7712 バイト) トロント大学の本館

 帰り際、彼女にイートンセンターのなかにあるチケット・センターでパンテージ劇場での「オペラ座の怪人」当日券を35ドルのディスカウント価格で購入して(これはラッキーだった。普通は人気が高くて手に入らない)もらい、ついでに翌日のスカイドームでのアメフットの券も14ドルで購入した。

 夕食は中華料理にした。トロントにはさまざまな人種の人が住んでいるが、ホテルのすぐ西よりのDundas St.に中華街があり、中華料理店がたくさん並んでいる。ロブスターの安そうな店を見つけ入った。日本の値段の感覚で色々注文して行くと、店員のにいさんが途中でとても食べられませんよと言ってくれたが、そのとおりホントにすごい量だった。味も王将よりはずっといい。中華料理は大衆料理として定着しているようだ。ロブスターも安かった。

 さて、夜になって行ったパンテージ劇場は古く伝統を感じさせる豪華で落ち着いた建物だった。始まったミュージカルもさすがに何年もロングランを続けているだけあって、すばらしいものだった。仕掛けも凝っていて歌もうまいし、声に迫力がある。

8月20日

 カナダでの最終日。朝、トロント大学本館前の芝生グランドまで走って行って、1時間のジョギングをした。黒い大きなリスがグランドの角にある木に住み着いていて、走り回っていた。ここで私が短パンTシャツで走っていても違和感がなかった。同じように走っている人が入れ替わり立ち代り通り過ぎて行った。午後は土産物買いに街を歩き回った。

 夕方になったので有名なCNタワーへ行った。ここは観光名物になっていて大勢の人でごったがえしていた。入場料も高いし、わざわざ塔に登るほどの価値はない。タワーを下りて横のスカイドームへ入ろうとするが、ものすごい人波に圧倒される。アメフットのゲームは地元のトロント・アルゴナーツとハミルトン・タイガーキャッツの試合だった。スタンドは1、2階席がほぼ満員で声援がすごい。ほぼ8割がたトロントの応援だ。日本の野球の応援とは比べ物にならないぐらい一方的かつ圧倒的な地元チームへの声援だ。地元チームの好プレーがあるとグランド全体が声をそろえて「アルゴー」の大声援。しかも場内アナウンスがその音頭をとっている。あまりの大声にかみさんの気分が悪くなってしまうほどだった。試合は声援に押されてトロントの一方的な勝利に終わり、終了後みんなホントにうれしそうに帰って行った。われわれも夜の街を歩いてホテルに帰った。夜でも何の不安も感じなかったので、トロントの治安はいいのだろう。

8月21日〜22日

 いよいよカナダとお別れ。トロントからバンクーバーで乗換え、関空に無事帰りついた。日付が変わっていた。

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